友情/寒い 


「うおーさむい」
「待ってたぜー!」
 玄関に入り、待ち構えていた人物にすぐさま飛びついてから、イタリアは顔を上げる。プロイセンの満面の笑みがそこにあった。どうりで物足りないはずだと納得してから、顔を寄せ挨拶を交わし、体を離した。
「はは、イタリアちゃん着込みすぎ」
 まるまると着膨れたイタリアを見て、プロイセンは笑う。何重にも巻かれたマフラーで全く首が見えない。
「今日すげーやばいよ、ほんと寒いよ」
 風がない室内というだけでもイタリアはホッとし、ずいぶん温かく感じていた。
「そうかぁ? いつもとかわんねーけど」 
 ここよりもいくらか温暖な地方からイタリアがやってきたことを、指摘するはずのドイツの姿はなかった。イタリアが目で尋ねると、プロイセンは親指で後ろを指す。廊下の突き当たりを右に曲がると洗面所だ。
「ヴェスト、シャワーだぜ。さっき帰ってきたばっか」
「ねーお湯ためてるかなぁ」
「さぁ」
「見てこよっと」
 イタリアに押されるままプロイセンも廊下を進み、二人は洗面所の前まで来た。イタリアが声をかけると、洗面台の奥、カーテンに仕切られた向こうから返事が聞こえる。シャワーの水音はしない。イタリアはプロイセンに目配せをした。
「俺入ってくるー」
「えーまじで。ヴェストいんのに入れる? 狭くねぇ?」
「試した?」
「いんや」
 この家のバスタブはずいぶん痛んでいたため、先月新調されていた。
 いままでよりも一回り大きく、大人一人ならゆったりと足を伸ばせるほどだ。イタリアが服を脱ぎ始めたので、プロイセンは変な声をあげた。その下半身もすでに見慣れていたが、この至近距離なのでなんとなく目をそらす。
「じゃあ俺戻る。ケンカすんなよー。イタリアちゃんなんか飲む? ああ、ヴェストが昨日グリューワイン作ってたっけ」
 イタリアは笑顔で答え、やがてプロイセンは廊下へ戻って行った。
「ドイツドイツー」
「……なんだ?」
 カーテンを開けると、先ほどから肌で感じていた湯気が、温かくふんわりと顔を包んだ。
 イタリアと目が合い、ドイツは顔をしかめる。その口が何か言う前にイタリアの足は湯面につかった。あっというまにドイツに寄りかかって横になってしまう。
「うおー……」
 あまりの気持ちよさに、イタリアはか細い声を漏らしただけだった。そのままおとなしくなり何も発しないので、ドイツもあまり責める気が起きないようだ。
「寒かったか」
「うん、もーほんとやばい、凍りそうだった」
 ドイツは、イタリアの頭を肩の方へ退かそうとして、たまたま手にかすった鼻先がまだ冷たいことに気づいた。そして何を思ったかイタリアの顔に湯をかけた。
「わぁ、なんだよう」
「はっ……すまん、顔が冷たかったんだ」
「もー」
 言いながらイタリアは、ドイツの胸板に頬を押し付ける。
「大丈夫だよー、ありがとう。もしかしてドイツ寝てた? なんかぼーっとしてる」
「ああ……」
 たまに顔の向きを変えながら、イタリアはドイツの胸板で温まった。
「この季節になるとさ、いま隣にドイツがいたらどんなにいいかって想像する」
 ドイツは目を閉じた。ドイツが寒いときに思い浮かべるのは、暖かい浜辺。降り注ぐ眩しい太陽。暑いと言い汗をかきながらジェラードを食べるイタリアの姿だった。しかし、そんなことを口にするつもりはない。
 そうなると、とくに返す言葉が見つからなくてドイツは体を起こした。イタリアを押しのけバスタブから出る。壁のタオル掛けにあったバスタオルで体を拭った。
「おまえはもう少しつかっていろ」
「うんー、いつ見てもおまえの背中って綺麗だね」
 イタリアはドイツの肩甲骨から下を眺めていた。なかでも、ほどよく隆起した背骨まわりの筋肉はイタリアの気に入りだった。
 振り返ったドイツは睨みつけてくる。サッとカーテンが引かれ、そこには薄い緑が広がった。イタリアは肩まで湯につかると、衣擦れの音を聴きながら、ドイツの顔を想像して微笑んだ。


つづき
2010.10.20