おねだり4

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
 さながら全力疾走をしたあとのように、イタリアは息が苦しかった。何度かソファから落ちそうになって、そのたびに腰を抱きなおしてきたドイツは、イタリアの両肩の外に腕をつくようにして、覆いかぶさっていた。
 ドイツも、荒い呼吸をしていた。ゆっくり雄を引き抜かれる。イタリアはなんとか肘をついて体を起こし、ようやく背もたれに体を預けることができた。ベッド以外で繋がったのは初めてだ。。
 いつものような几帳面すぎる愛撫はなかった。こんなにふうにぞんざいに扱われるのは、少し怖さもあったが興奮した。不思議と、やめたいとは思わなかった。
 ドイツの顔は真剣だった。瞳の奥には何か言いたいことを隠しているようで、イタリアはそれが知りたくてたまらない。
 しばらくドイツと見つめ合っていた。汗が引いてくると途端に体が冷える。夜風が吹き込んでいた。
 何か一枚羽織ろうと思い、ドイツに手を引いてもらって立ち上がろうとした。だが足がしびれていたようで、もつれて転びそうになる。すぐ体勢は立て直したが、指先で自分のグラスを引っ掛けてしまい、テーブルにさっとビールが広がった。
「あ……ごめん」
 すぐにドイツがグラスを立てたが、半分ほどが流れてしまった。怒られるかと思いきや、ドイツは何故かじっとグラスを見つめ、やがてそのグラスをイタリアの胸元に近づけ、ゆっくり傾けた。
 冷たいビールが、胸板から腹へ伝い、恥部へ、それから腿をつたって足首のほうまで流れた。
 もちろん絨毯に届いてしまう。
 イタリアは予想外の行動に、寒さも忘れるほど驚いた。胸が高鳴って、ドイツが心底格好良く思えた。ああもう本当に何をされてもいいと、ドイツの顔を見ながら考えた。
 ドイツはグラスをテーブルに置くと、イタリアの胸元に口付け、ビールの後を辿るようにして舌でなぞり、少しずつ身を屈めていった。
 イタリアはあとずさり追い詰められ、またさっきのソファに座る。その頃には、ドイツは膝をつき屈んで、イタリアの膝頭を舐めていた。踝までくると足首を上げさせ、椅子の上で舐めた。イタリアは官能的な様子にぼんやりしてしまって目を閉じ、ドイツの舌先の感覚を味わっていた。
「ビールの味する……?」
「ああ……」
 しばらくすると、また寒さがぶりかえしてきて、ついでに乾いたビールもベタベタしてきたので、シャワーを浴びたいと言った。
 軽く体を流した後、いったん出てお湯をためている最中に、ドイツが後ろから抱きしめてくる。  確かに寒いと口にしたかもしれない。耳を舐められ体をまさぐられると、もうあがらえなかった。さっきの余韻もあるのかすぐに体が熱くなった。
「ドイツっ……」
 よろけて洗面台に手をついた。そのまま、ドイツは後ろから雄で内腿をなぞってくる。大きな手が胸を撫で、耳元では深い吐息が聴こえた。
「イタリア……」
 いつ入ってくるのかと期待してしまい、そんな自分がひどく淫猥に思えた。
 一体今日はどうしてしまったのだろうと、自分でも思う。
 体を求めてくるドイツのことがいじらしくて、可愛くて仕方ないのだ。そして、温かい肌が気持よくてたまらない。
 行為は部屋へ戻ってからも続いた。
 ドイツは髪の毛も乾かさずに、イタリアをベッドへ連れて行った。寝かせると、一緒にふとんの中へ入ってくる。キスのあとイタリアの腰へ手を伸ばし、自然と激しい交わりが始まった。とにかく力強くて、イタリアの全てをさらって行ってしまうような大きなうねりだった。
 ドイツには、いつも見え隠れしている理性の片鱗がほとんどない。獣のように荒々しく求めてくるけれど、今のイタリアにはその乱暴さが、とても魅力的だった。大きな体躯の下にしっかり組み敷かれ、もう逃げ場のない体。そこへ向かってドイツは、一途と言っていいほど懸命に腰を打ち付けてくる。受け止めきれなかったものは、喘ぎ声となって溢れた。
快楽に溺れもっともっととねだるたび、動きは激しくなり、最後には抱きあうようにして達した。イタリアはもうすっきりと心地いい疲労感があったが、ドイツはもう一度したそうなそぶりを見せたので付き合った。


***

 翌朝、すぐに部屋がビール臭いと気づく。すでに陽の光が差し込んでいた。
 手を伸ばして探しても、ドイツはその範囲にはいなかった。起き上がろうと思ったが、後頭部がぐらついて、またすぐ横になる。頭が痛いと言うよりも、なんとなく全身がだるい。それと寝ぐせがひどい。
 それでもドイツがどこに行ったのかばかりが気になった。
 静かにしていると、シュッシュッと、近くでなにか布が擦れるような音が聴こえた。もう一度力をいれて起き上がると、ベッドの足元のほうでドイツがうずくまり、腕まくりをして絨毯をぞうきんのようなもので擦っていた。
「おはよ……」
「イタリア」
 ドイツは立ち上がり、ベッドの端に腰掛けた。
「体は平気か?」
 ドイツが、あまりにも申し訳なさそうな、いたたまれないような顔をしていたので、イタリアはつい嘘をつく。
「うんぜんぜん平気。すげービールくさいね!」
 笑ってそう言うと、ドイツもつられたのか苦笑した。
「ほんとにな、何をやってるんだか……」
「ドイツ格好良かったよ」
「なんだ?」
「俺にビールかけたとき」
 ドイツは照れ隠しなのか額をつついてきた。
「バカを言うな」
「本当だって、俺キュンてしちゃったー」
 そう言いながらふざけてドイツの胴に抱きつこうとすると、躱すようにドイツが立ち上がった。
「ね、それどうしたの?」
 さっきドイツがしゃがみこんでいた位置には、銀色のバケツまで置いてあった。
「さすがにな…。派手にこぼしたのだと言って、借りてきた。任せるのは気が引ける」
「俺も手伝うよー」
 イタリアは軽くシャワーを浴びてから、服を着てドイツを手伝った。浴室はすでに情事の匂いが消えていた。ドイツも朝入ったようだから、そのときに掃除をしたのだろう。イタリアが昨日着ていたシャツが固く絞られ、洗面所に置いてあった。
 窓辺のテーブルの周りをひととおり拭き終わると、換気をしたせいもあってか、だいぶビールの匂いは薄れていた。
「ふー…、ねえ、朝ごはん行こうよ」
 ソファに腰掛けると、さわやかな朝の風が頬を撫でた。
「ルームサービスで頼んだ。もうすぐ来るだろう」
「え? 下のレストランでもよかったのに。ありがとう」
 ドイツは軽く微笑んで頷き、バケツとぞうきんを持って洗面所のほうへ行った。ジャブジャブとぞうきんを洗う水音が聴こえる。そうだ、庭を見るんだった、と思い出した。意識すると噴水の音も聞こえる。
 しかしイタリアは一旦座ってしまうと、根がはったようにそこから動けなかった。
 昨日ここでドイツとどんなことをしたか思い出して恥ずかしく、離れたくもあったが、どうも力が入らない。
 ドイツは戻ってくると、今度は手に炭酸水のペットボトルを持っていた。イタリアはそのうちの一本を受け取る。ドイツも、ソファに座ったイタリアを見て情事を思い出したのか、少しぎこちなかった。しかしイタリアをチラチラ見ていたドイツは、やがて立ち上がった。
「おまえ、少し顔色が悪いんじゃないか」
「ヴェッ、うん、まだ寝不足ってかんじー。シエスタしたら治るよ」
 つい、ドイツの手を避けようとしてしまった。
 怪しまれ、額や首筋を触られると、すぐに熱があるとバレてしまい再びベッドへ押し込められた。 そしてドイツはロビーに内線をつなぎ、もう一泊出来るかと尋ねていた。



つづく
2012.04.24