おねだり5

 朝食を済ませた後、ドイツは何故か一緒にベッドに横になっていた。部屋の掃除は入らないらしいので問題はないが、風邪を引いた時はたいてい別の部屋に寝かされるので変な感じだ。
「ドイツさ、もう怒ってない?」
「最初から怒ってないぞ」
 イタリアはすこしだけ、ドイツのほうに体を傾け話しかけた。
 ドイツは仰向けで、腹の上で両手を重ねていた。イタリアに触れるでもなく、ただ平行に並んで寝そべっている。就寝前でもないのに、この状態なのがなんだか可笑しかった。
「ドーイーツ」
「なんだ」
「なんでもなーい」
意味のないやりとりを二、三度繰り返すと、すっかりいつもの自分たちに戻った気がしていた。
 部屋は日が差し込んで明るい。レースの白いカーテンがそよいでいた。気持ちが良くてそのまま目を閉じる。
「俺の方こそ、すまなかった。昨日は……、自分でも、乱暴すぎたと反省しているのだ」
「えー、そうかなぁ?」
「現におまえは体調を崩しているわけだし……」
「でも、俺めちゃくちゃ感じちゃったー」
 ドイツは難しい顔をして、天井を見つめている。
「聞いてるー?」
 頬を突付くと一瞬だけこちらを見た。
「そ……ういう問題ではないだろ」
「なんかドイツ一生懸命でさ、すげー可愛かったよ。だから気持よくて」
 不機嫌そうな咳払いが返ってきたので、イタリアはそこで言葉を止めた。あまり言うと、照れて何も話してくれなくなるのだ。
「……なあイタリア」
「なにー?」
「俺は、束縛したいわけじゃないんだ。なんでも自由にやるおまえのほうが、好き……だからな」
「俺、我慢なんてしてないよ?」
「……ならいいんだが」
 ドイツは気にしているようだが、その手のことで文句は言ったことがない。行き先だって機会があれば話すけれど、全部は伝えない。友達の頃となんら変わりない距離を保っていると思っていた。
「女の子って言ったの気にしてる?ほんとごめん……」
 にじり寄って、肩に額を当てた。
「ドイツのこと大好きだよ」
 返事を待ったが返ってこなかった。ドイツの呼吸に合わせ胸が上下する。イタリアはいつしか眠ってしまった。途中目が覚めるたび、ドイツはずっと側にいた。
 それだけのことで、本当にドイツが愛しい。
 何度か浅い眠りを繰り返した後、気づくとイタリアの右手にはワインレッドの小箱が握らされていて、変わらずドイツが隣で寝ていた。感激してドイツに覆いかぶさりキスをすると、何故かそのまま性交になだれ込んでしまう。昨夜のような激しいものではなかったが、明るい陽のもとでのセックスは経験がなく、視覚的な刺激もあってそれなりに盛り上がってしまった。
 昼頃にようやく落ち着きを取り戻すと、イタリアは起きた時よりぐったりしていた。気持よかったが体がついていかなかったようだ。ドイツはひたすらに詫び、そのあとはもう帰るまで至れり尽くせりだった。

***


「んで、どーなったわけ?」
「何?」
「この間言ってただろー、ドイツとの・こ・と!」
 フランスは、イタリアに頼まれていた菓子の材料を渡すついでにカフェへ誘った。気になることはすぐに口に出してしまうイタリア。きっとドイツとの間で一悶着あっただろうと、誘い出すタイミングを見計らっていた。ぱっと見、しょぼくれてはいないようだから、もう問題は解決したのかもしれない。だが相当な顛末が聴けるのだろうとフランスは期待していた。昼前の中途半端な時間で、テラス席には自分たちしかいない。
「ドイツとのこと?」
 イタリアはカプチーノに口をつけながら言う。
「ほら、おまえあいつにやられっぱなしだって言ってただろ? どうにかなったのか?」
 丸いテーブルを挟み反対側で、フランスはニヤニヤが止まらない。
「ヴェー……。俺、ドイツに言ったんだけど…。でも、このままでいいことになったー」
「ええーー」
 フランスは大げさに落胆した。
「なんでよ」
「なんかすごい大変だったしさ、それにドイツお尻見せるの恥ずかしいみたいだし……」
「そー……」
 フランスは途端に興味が失せてしまった。
 ああそれにしても、仲睦まじいものだ。イタリアのこの口ぶりからすると、一回試して、それでも良好な関係のままなのだろう。
 脱力したフランスを見て、首を傾げながらチョコレートケーキを食べていたイタリアだが、突如思いついたように顔をあげた。
「あ、でもやろうとしたおかげで、俺達すっごく仲良しになれたんだー! だからフランス兄ちゃんありがとう!」
 満面の笑みで言われて、フランスは溜息をつくしかなかった。
「話し合いでもしたのか?」
「それはなかったけど…」
「ふーん?」
「だって好きって言ってくれるし、別に不公平でもいいやって」
「……おまえだって好きって言うだろ?」
「そうだけど……」
「そのうち縛られるぞー?」
「うん、縛られてもいいことにしたんだ……」
 イタリアが嬉しそうに微笑みながら俯いたので、フランスはそれ以上追求しなかった。このままだと惚気話に突入するおそれがある。
 同時にイタリアの指が目に入った。そこに見慣れない指輪を見つける。イタリアが好んでつけるようなタイプのものではなく、オーソドックスと言えばそうだが、それにしてもやや古めかしいデザインだ。
「そっか。じゃあ、良かったな」
「うん、良かったよー。ほんともうフランス兄ちゃんのおかげでめちゃくちゃすごかったー!」
「はいはい。おっと、俺もうそろっと時間だ、食ったか?」
 イタリアは最後の一口を頬張り、フランスが支払いをして二人は店を出る。
 大きく手を振って別れたイタリアは、快晴の空に負けないくらいの笑顔だった。



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2012.04.25