土曜の夜。ドイツはほろ酔いで自宅の階段を上がっていた。
 火照った体に、冷えた夜風は気持ちいい。終業後、同僚数名に誘われ飲みに出た。一ヶ月に一度あるかないかのことだが、仕事を円滑にするための、コミニケーションでもある。誘われれたら、用がない限り断らないことにしていた。そして今日は、パブで話が盛り上がり、そのあと思わぬ収穫があった。そのため三割増しで上機嫌だった。
 鍵をあけ玄関広間に入ると、何故かベルリッツがのそのそと歩いてきて、足元に擦り寄った。深夜も1時だし、いつもならしっかり寝ている時間だ。不思議に思ったが、しゃがんで背を良く撫でた。プロイセンがまた夜更かしをして騒いでいたのだろうか。
 しかし一階にあかりはなかった。キッチンからペットボトルの水だけとって、二階へ上がる。
 そして、自室に入ると、驚くことにナイトテーブルの上の灯りがついていた。ベッドにはイタリアが腰掛け、そのまま横に倒れ込んだように寝転がっている。服も着たままだ。寝るつもりはなかったのだろう。
 足音に気をつけて、そっと近寄った。そして途中、ナイトテーブルの上に派手な赤い箱が置かれているのに気づいた。。白いリボンがかけられている。上にメッセージカードが挟まっていた。
”ドイツへ”
 プレゼントなのだ。そう気づいて、イタリアの顔を見た。すうすうと寝息を立て、起きそうにない。本人に一言いってからあけたかったが、酔いも手伝ってか、そのままリボンをほどき、箱の中をのぞいた。きらびやかなフィルム紙に包まれ、なんと手錠が出てきた。全て綿素材で作られた、ピンク色の手錠だった。
 ドイツは俯き、息を飲んでいた。背後でイタリアが唸ったので、心臓が飛び上がり、肩をすくませる。
「んん……。どいつ?」
 ドイツは慌て、イタリアから箱が死角になるよう立ち、振り返った。
「イタリア、待っていたのか。こういうこともあるから、来るときは連絡を寄越すようにと」
 イタリアは眠たそうに目元をこする。だが微笑んでいた。
「おそかったね〜。……どこ行ってたの?」
「仕事の後、同僚と飲みに」
「パブ?」
「そうだ」
「そっかー……、ドイツ結構酔ってる?」
「ああ……、いつもより飲んだからな」
 そこで、さっと他の話題に移ればよかったかもしれない。しかし、胸の中の良心が、それを許さなかった。
「……そのあと付き合いでクラブに」
「クラブに……?」
「単に水着のウェイターがいるところで」
「ドイツ……」
 イタリアは眉を顰めた。しかし両手を広げたので、屈んでハグをした。ジャケットののポケットに手を突っ込まれた感触がし、離れると、イタリアは手に名刺サイズの紙を持っていた。険しい顔をして、そこに書いてあった文字を読む。
「クールなお兄さん……、楽しかった。よかったら電話して。アレ…アレクシア? だって……。電話番号もあるよ……」
「いつのまにか……、気づかなかった」
 イタリアは手に持ったカードを見つめたまま、顔をあげなかった。ふうと息を吐き出し、押し付けるようにして返してきた。受け取った後、すぐに、机のしたの紙くず入れに捨てる。
「もう……寝よっか」
 イタリアはぼんやり床を見つめながら言った。もっとなにか騒がれるかと覚悟していたが、寝起きのせいなのか、意外にも静かだった。ナイトテーブルに置いたプレゼントのことは、忘れているらしい。手をつけなければよかったと後悔していた。
 とにかく今はイタリアの言うことをきくべきだとそう思った。
 服を脱ぎ、下着とタンクトップ一枚になって、ベッドへ上がる。
 すでに横向きに丸まっていたイタリアの背に寄り添って、抱きしめようと手を伸ばした。しかしイタリアは逃れるようにうつ伏せになる。
「……イタリア」
「ドイツ、香水うつってる……」
「そっ……」
 つい口ごもってしまった。次の言葉がでてこない。しびれを切らしたのかイタリアはやがて起き上がり、唇を尖らせて言った。
「何かしてきた? だったら俺……」
「いや……その…、すまない。違うんだ。抱きつかれたが、俺からは何も」
イタリアは拳で、腕を軽く殴ってきた。殴ったというより、拳が当たっただけだった。
「おこったー」
そう言った後、さっと目元を拭う。
「イタリア。悪かった、待たせて」
 頭を撫でキスをしようとすると、またイタリアの体が引き、こちらの顔をじっと見つめたまま、人差し指で示した。
「……ここにちょっと口紅付いてる」
 もう言い逃れようもない。ベッドから降り、チェスト上の鏡で確認すると、頬骨の下にうっすら色がのっていた。近くで見なければわからない程度だったので、誰にも指摘されなかったのだろう。拭った後、振り返るとイタリアは
じっとこちらを見ていたようで目があった。
「これはだな……なんというか……、悪い。だが」
「だが?」
「断じて、そういったボディタッチはない。見せる専門の」
「見せる……?」
 イタリアがあの一瞬で、カードに小さく記されていた店名を覚えたとは限らないが、ドイツはもう観念してすべて話すことにした。
「店は…かなり演劇に近い、ストリップを見せる店だ……。肉体美の……、アート的な方面からの評価のある……もちろん客とのプレイは一切しない。最初はパブにいたが、話の流れで盛り上がってそのまま」
 イタリアはますます口を尖らせ、俯き、瞳には涙をためていた。
「もう隠してることない?」
「SMの……ショーだ」
「ふうん……」
イタリアはただ寂しそうな顔で頷いた。
「悪かった、本当に」
「うん……、いいよ。怒ってないよ。でも今日は違う部屋行くね。明日また話そー……、おやすみ」
 ベッドから毛布をはぎとったイタリアは、とぼとぼと部屋を出て行こうとして、はたと立ち止まり振り返る。
「あれ……」
 キョロキョロとあたりを見廻している。
「なんだ?」
「どっかに箱置いてなかったー? 俺が持ってきたの……」
 もちろん今も、イタリアの視界からナイトテーブルを消すように立っていた。しかし、さすがに無理があった。
 イタリアが少し前のめりになると、すぐに見つかってしまった。箱に近寄って、リボンが解かれていることに気づいて呆然としている。
「すまん、上にカードがあったから…、俺が見ていいものと」
 イタリアは耳まで真っ赤になっていた。それがうつったのか、自分も顔が熱くなった。
「な……、中見た?」
「ああ……すまん、その……なんというか……本当に俺は……最低だな」
「……じゃあ、じゃあ……! ど、ドイツにあげる。俺もう絶対絶対ぜーったい使わないし……!」
 イタリアは目を逸らしたまま、箱を思い切りみぞおちに押し付けてきた。
それからそそくさと部屋を出て行った。
 ドアが閉まるとドイツは、箱をもう一度ナイトテーブルの上に戻す。ベッドに腰掛け深いため息をつき、二の腕の匂いを右左交互に嗅いだ。



つづく
2013.2.25