昼下がりのロマーノ

「たでーま、あーむかつく」
 ロマーノはいかにも不機嫌といった様子で、乱暴に玄関のドアを閉めた。ここまで来る途中、駅のベンチで隣りにいたベッラに声をかけたが、あとから別の男がやってきて一悶着あった。結局こちらが引き下がるような形で別れてしまった。
 電車はもちろん遅れたし、もう昼過ぎだ。むしゃくしゃして歩きながら3つサンドイッチを食べたが、それだけでは到底満足しない。
 弟がいなかったらただじゃおかないと思いつつ、ロマーノは廊下を突き進んだ。玄関の鍵は閉まっていたが、最近気に入りの革靴は残っていたので、おそらく家にいるのだろう。トマトソースの匂いがどこからか漂ってくる。俄然腹が減ってきた。
 リビングのドアを開けた。
「おいヴェネ…」
 言いかけて、ドアノブに手をかけたまま立ち止まる。
 もしシエスタをしていたら、たたき起こしてごはんを作ってもらおうと思っていた。だが、そこには弟ともう一人、別の人物がいた。
 いつもシエスタに使っているソファ。
 腰掛けているのは金髪オールバックのごついやつで、弟はその上で横になっている。俗に言う膝枕だった。二人共眠っていたが、やがてドイツが目を覚ました。目が合うと、ぎょっとしている。
「ロマーノか。驚いた…」
「驚いた、じゃねーよ! 芋野郎」
 わざとらしい大きなため息をついたロマーノは、音が響くように鞄を置いた。
「腹、すいたんだけど」
「俺で良ければ何か作るぞ」
 そう言って立ち上がろうとしたドイツは、弟の頭を持ち、避けようとした。しかし弟は寝ぼけているのか、腕を離さんと必死にしがみ付く。力で引き剥すと、ようやく大人しくなった。
「あー……見苦し」
 ドイツはその隙にキッチンへ向かう。
「イタリアを蹴るなよ」
「うるっせーな。言っとくけどおめーの作った飯なんてくわねーから帰れよ。きもちわりぃ」
 ドイツは流しで手を洗っていたが、水を止めタオルで拭く。しばらくこっちを見ていたが、やがて廊下へ向かうドアの前へ立った。
「ではそうする。イタリアによろしくな」
 ロマーノは弟の向かいのソファにふんぞりかえって、足組み、返事をしなかった。ドイツの足音は一旦上の階に上がり、下りてきて、玄関から出ていく。
 間違ったことは何一つ言ってないのに、何故か悪者にされたような気分で、余計腹が立つ。しばらくぶすくれて、また道中の疲労もあってうとうとしていたが、腹の虫が鳴って姿勢を起こした。
 ソファの横においてあるマガジンラックから、新聞を取り出し、筒状に丸めて向かいに投げる。新聞は音を立て床に落ちた。
「ヴェネチアーノ! 腹減った」
 怒鳴ると、弟は眉をひそめながら、しぶしぶといった様子で起き上がる。目をあけ、こちらを確認すると、意外そうな顔をした。
「にーちゃん…? 来るの、来週じゃなかったっけ」
「来週でも今週でもどうだっていいんだよ。腹減った」
「そっか。ねー何がいい?? パスタでいい? あのね今美味しいアサリが」
 笑顔で立ち上がった弟は、周りを見回し首を傾げる。
「あれ、ドイツは?」
「知らねー」
「今日遊びにきてたんだけど」
「知らねー」
 弟はドイツの名を呼びながら廊下へ出た。階段をあがり、しばらくして戻ってくると、口を尖らせている。
「帰っちゃったみたい……。靴もないし」
「ふーん、良かった。じゃあ俺は顔を見なくてラッキー」
「兄ちゃん……」
 ソファの付近まで歩み寄って来る。
「ドイツに何か言ったでしょ」
「ああ、帰れって言ったけど」
「なんで?」
「顔を見てるだけでムカツク奴っているだろ」
「兄ちゃんにはそうかもしれないけど、だって……、俺が遊びに来てって言ったんだよ?」
「だから?」
 思い切り睨みつけたが、弟は会話を止めなかった。目の縁には、みるみるうちに涙が溜まっていく。
「だってここ、俺んちだし、俺のお客さんなの!」
「なっ……泣いてんじゃねーよ!! バッカみてー。こんくらいのことでグズグズ言いやがって」
「今日泊まってくって言ってたのに……」
「知らねーよそんなこと! ほんとに泊まりたかったら、俺が帰れって言っても居るに決まってんだろうがよ。おまえがしつこいから仕方無く来ただけだろ」
「そんなことないよ」
「案外俺が来て、帰る理由ができてホッとしたんじゃねーの。実際おまえに声かけないで帰ったんだしな」
「そんなこと……」


つづき
2012.03.16