パリの12月 3


「これ、俺にか……?」
 十一月半ば、会議以来会っていなかったアメリカが、連絡もなしにいきなり家にやってきた。玄関のドアを開けるなり、強引に抱かされた素焼きの像の重さに驚く。
「この古くさいかんじ、きみにぴったりだろう?」
 アメリカはいたずらっぽく笑ってウインクをし、口を尖らせた。
 イギリスが渡されたのは、三角帽にひげのノーム人形だった。頭四個分ほどの大きさだ。
 アメリカは、シェイクが入った紙コップから、ズズズと汚い音を響かせ、イギリスの驚いた顔を見て満足そうだ。イギリスはまじまじと胸に抱いた像を見る。喜びと戸惑いが交錯していた。
(俺が集めてるの、知って……)
 涙があふれそうになるのを、奥歯を噛み締めぐっと堪える。
 ノーム人形集めは最近始めた趣味だし、アメリカには話してないと記憶していた。誰かから聞いたのだろうか……。
「なっ……なかなか良い物じゃねぇか……、バカ! こんなでかいの、めったに見かけねーな。どこで買ったんだよ?」
「パリだよ。あ、この間、会議のあとコンベンションに行ったのさ」
「コンベンション?」
「このノーム、オンラインゲームのキャラなんだぞ。妖精とか仲間にしていくやつなんだけど、俺にはちょっとぬるかったなー。ゾンビを倒してヒーローになるシナリオが、一番クールだったね!! これは、君が好きそうだって日本と話して……、ああ、だからこれは俺と日本の共同出資なんだぞ。日本が割り勘って制度でフランスにも出させてたから、フランスもだな」
「そうかそれで……」
 日本とアメリカの共通の趣味とも言えるゲームに、イギリスはあまり興味がなかった。誘われなかったのは妥当だ。フランスも二人と共通のマニアックな趣味があるようなので、ついていったのはおかしくない。
 三人で楽しそうなところへ遊びに行ったと聞かされると少し寂しかったが、こうしてプレゼントをもらったことで、いくらか気分が落ち着いた。
 自分のことを考え、選んでくれたことには変わりはない。
「ありがとな、気に入った。日本にも礼言っとく。……フランスにも」
 ずっしりとした重みを感じ、イギリスは晴れ晴れとした気分になる。丁度スコーンを焼いていて、茶を入れるところだったと遠回しに主張すると、アメリカは苦虫を噛み潰したような顔をしたが、結局付き合ってくれた。
 アメリカが帰った後、イギリスは早速庭に向かい、寝室の窓からよく見えるところにノーム人形を設置した。背の高い落葉樹の脇に置いたので、目立ちすぎるという事も無い。今は寂しい風景だが、春になれば、ノームを置いた辺りは色とりどりの花であふれる。眺めるたびにイギリスはその様子を想像していた。


 それから半月ほど経った12月。久々の連休が取れ、イギリスは正午になってもベッドの中で丸くなっていた。
 疲れが溜まっていたせいもあるが、なにしろ寒い。ここ一週間で急に冷え込んだので、体がついていかなかった。毎朝氷点下になる。1時間ほど前に、決死の思いで部屋の暖房はつけ、もう充分暖まってはいるのだが、それでもベッドから出たくなかった。
 ふいに枕元の電話が鳴った。無視したかったが仕事の急用だと困ってしまう。しぶしぶ身を起こし、ベッド脇のテーブルに手を伸ばした、
「あ、今いいー?」
「なんだよ、フランスかよ」
相手がわかると、外交用の声を作っていたイギリスは途端にトーンを落とし、子機を持ったままベッドの中にもどった。
「何? お兄さんの声聴きたかったってー?」
「くたばれ。そうだ、言い忘れてたけどノームありがとな。庭に飾ってる。少し雪が降ったから、寒そうだけど」
「ああー、そうなの。良かったわん……喜んでくれて」
「おまえ、まだ二ースなのか? ちょっと休暇とりすぎだろ」
「ちゃんと仕事もしてるって。あのさ、イギリス。こないだの会議のときのことなんだけどぉ」
「なんだよ」
「ドイツとイタリアって変じゃなかった?」
「はぁ?」
 突拍子も無い質問に、イギリスは眉を顰めた。
「いや……変って? 知らねぇけど……。ああでも、やり××ばいいとは思った。ほんと、一生やってろってかんじだよなあいつら。でもそんなのいつものことだろ」
 電話の向こうから、盛大なため息が漏れた。
「何?」
「やり……、あー、あのね。あの子たちまだぜんぜん……清い関係らしいよ」
「なに気の狂ったようなこと言ってんだよ、おまえ大丈夫か?」
「ま、それは置いといて。イギリスさ、お得意の儀式とか黒魔術とか、そういうのやったりした……? もしかして」
 イギリスは思い返していた。
 あの日は夜の記憶がほとんどない。翌朝気づくと、全裸でリビングの床にうつ伏せで倒れていて、風邪を引いたのだ。ローテーブルの上にはエールの空瓶がいくつか並んでいた。
 フランスに確認するよう念を押されたので、イギリスは午後、地下室に向かった。このところ忙しく、一ヶ月ほど足を踏み入れていなかった。石造りの階段を下り重い扉を開けると、そこには明らかに大鍋で何かを煮た形跡があり、床にはチョークで大きな六芒星が描かれていた。そして、エールの瓶が転がっていた。

 

つづく
2010.12.24