おまえのしてほしいこと 半年後4


「ねえドイツ」
「イタリア」
 車を止めた場所へ歩いて戻る途中、二人同時に口を開いた。顔を見合わせ少し間があり、結局イタリアに譲った。
「この間のことなんだけどさ」
 まさに自分もそのことを話そうと思っていたので、重ねるように言った。
「悪かった」
「ううん、ドイツが謝ることないよ」
「いや、俺が……」
「ごめんね。ねえドイツ今度さ、絶対にやる日っていうのを決めようよ!! やるまで帰んない。そうしたら、俺も逃げたりもしないし……」
 イタリアの提案はありがたかった。同意したかったが、それでは違うのだと、わかっていた。
「そんな義務みたいに決めてすることか?」
「ヴェッ! ごめん、そんなつもりじゃなくて……」
「あ…、俺も責めているつもりはないぞ!」
 付け加えたが、イタリアは焦って弁解した。
「だってさー……、最初がこわいだけかもしれないじゃん? 俺、こんなままなの、自分でも嫌なんだ。あのね、ほんとはちょっと……悩んでるっていうか」
「悩んでる?」
「だって、このことを考えると、憂鬱になるなんて嫌でしょ…? 泊まりに行って、今日はできるかなぁとか、ドイツ怒っちゃうかなとか、そういうの嫌なんだよ……。でも俺、ドイツとくっついてんの好きだし……。ハグとかもすげーしたいよ。でも、……どうしたらいいのかわかんなくて」
「イタリア、そんなふうに思わなくていいぞ」
「ドイツのさー。AVのことで気まずくなったじゃん? あれだってね、俺、そんなに言うつもりなかったんだけど、なんか今ドイツって、俺とできないからこういうの観てるんだよなって思ったら、すっげー嫌な気持ちになってさぁ」
「イタリア、待て、少し整理しよう……。おまえは最初から、とにかく同じベッドで寝たいと、そういう要望だった。俺がダメだと言っても、どうしてもと粘った。そのために……恋人ごっこがはじまっただろ。俺はアレで、完全にそういう気持ちになった」
「そうだったの?!」
「俺達は、…正式に、交際をしているとか、そんなわけではないだろ。まぁ……その、もちろん、好きなのだが……」
「ん? うん……そっかぁ、いわれてみれば、そうだよね。俺も好きだよ」
「だから、嫌なら嫌でいいんだ。おまえは俺とならできるかもしれない……という程度だったからな。世の中には生理的に受け付けないものなんて、たくさんある」
「違うよ。ドイツ……」
 イタリアは身を乗り出してきて訴えた。
「ああもう、俺がいけないんだよね。ねぇやっぱり、一度ちゃんと最後までしたほうがいいんだよ。そしたらなんか、全部解決する気がする…!!!」
 イタリアとの話し合いは、なかなか発展しなかった。ああだこうだと言い合いを続けているうちに
、急に横から声をかけられ驚いた。
 路地の横道から出てきたのは、昨日一夜を共にしそうになった女性だった。
 これから舞台でもあるのか、昨日よりも濃い化粧だった。昨日は酔っていてよくわからなかったが、どこかの女優と見まごう程の整った容姿をしていた。今日は、胸元が大きくあいた赤いワンピースを着ている。
 財布は彼女の泊まっていた部屋に置いてあり、朝になって気づいたのだという。現金しかはいっていなかったから、出かけついでに警察に届けにいくところだったのだ、と。彼女は、丁度良かった、といって笑った。そして横にいたイタリアにも挨拶をした。知り合いだ、と当たり障りない紹介をする。イタリアはいつも通り最高の賛辞をならべ、彼女の手をとりキスをした。
 彼女は急ぎ鞄からメモを取り出し、オクトーバフェストの、自分が出る舞台の時間と場所を渡してきた。良かったら見に来て、と。同じ物をイタリアにも渡したようだ。その後、ウインクをして手をふり、去っていった。
「へぇ、ダンサーなんて…すごいね」
 イタリアは横でメモを見ながら、そう呟いた。なるべく動揺が表に出ないよう、淡々と話す。
「昨日、兄貴と行った酒場で知り合ったんだ」
「プロイセンと別れてから、この人んち行ったのー? すげー……ていうかほんと、すっごい、ベッラだったね……」
「い……」
「いいよ隠さなくても。財布部屋にあったって、言ってたし……」
「イタリア」
「俺たち、別に、正式に交際?とか……してないもんね………」
 イタリアは一言ずつ項垂れていく。
「誤解だ」
「俺どんな顔していいかわかんない」
 そう言い両手で顔を覆った。なんどか深呼吸をして、その後、パッと顔を上げた。
「車、乗ってく?」
「まぁ、……金は返ってきたが……その」
 さっきまでは現金がなかっただけで、銀行で下ろせばある。イタリアの持ってきてくれた元の財布にカード類が入っている。今それを訊くということは、一人で帰りたいということなのだろうか。
「じゃあ地下鉄で帰る…?」
「おまえが、そのほうがいいなら……」
「俺、ドイツのこと迎えに来たのに」
「いや、だから」
「あの人とえっちした?」
「してない」
「あんなにベッラなのに?? 胸もでかかったし。部屋にいったんだよね?」
「そうだが……、そういったことは」
「ああもう俺」
 イタリアはまた顔を覆った。そして何度か溜息をついて、俺ってすげーめんどくさい、と言った。

2012.6.29


つづき