おまえのしてほしいこと 半年後


「ま……まって!」
 少しその体勢で粘って、イタリアの態度が変わらないのを確認すると、ベッドから下りた。溜息をついてしまった。イタリアに余計なプレッシャーを与えるとわかっていても。
 ドイツは出来るだけ淡々とした口調で言おうとする。
(かまわないぞ。おまえの気持ちが一番だからな……)
 もう何回目かわからない台詞は、とうとう口に出せなかった。
「ドイツー……」
 子供みたいだと思いつつ、返事をしない。イタリアの沈んだ表情が、ありありと浮かんだ。
 土曜の夜、イタリアの家だった。夕食に招かれ、最高に美味いスープを食べてから四時間後、同じベッドにはいった。イタリアの匂いがついた寝具。しかしまたもや、ドイツの望んた展開には繋がらなかった。
 欲のある触れ方をすると、イタリアの体は途端に強張る。そして逃げていく。反応は驚くほど顕著だ。そのため、まだ一度も性的な意味で触れ合っていない。

 先月、ドイツの自室、机脇に置きっぱなしになっていたアダルト映画のことで、言い合いになった。確かに目のつくところに置いたのは悪かったが、イタリアが文句をつけてきたことに、腹がたったのだ。一体どうやって、半年間性欲を処理してきたと思っていたのだろう。同じ男であるし、理解してくれると思っていた。イタリアは負けてくると、最後は拗ねたように不機嫌になり、泣いた。
 以前と違い、そういったものを好んで観賞しているわけではない。性欲が鬱積してひどいことにならぬよう、やむおえずの処置だった。まさかそれを責められるとは思わず、途方に暮れた。
 ならば、強引に襲ってしまえばよかったというのか。
 相手を思っての行為だったのに、まるで裏切りのように非難され、ショックだった。何も理解されていないのだと感じた。
 それから、ガラガラと音をたてて、心の均衡が崩れてしまった。
 イタリアは実はまだ恋人ごっこの延長で、からかっているだけだとか、疑うようになってしまった。全てベッドで一緒に寝たいがための狂言だったとか……。
 もしくは、もう興味が他へ移ってしまったのかと。いつまで経っても体を許す気がないのは、その為なのだと。イタリアは、遊びではないと言った。本当に大好きだし、セックスもしてみたい……。だが、直前になるとどうしても嫌になってしまうのだという。勝手すぎてこっちこそ泣きそうだったが、惚れた弱みというのか、泣かれるとそれ以上責められなかった。別に、セックスが全てなんて思わない。けれど、恋人ごっこだの……、一緒に寝たいだとか、もとはすべてイタリアから提案してきていることだ。期待せずに、いられるわけがない。
 ほんとうは力づくで体を奪ってしまいたい。それが可能であると力の差からもわかっていたが、良い友人でいた年月が、その不埒な考えを押し留めていた。
 イタリアにとって自分は脅威であってはならない。
 セックスをしたい、そうはっきりとイタリアに示してから、半年ほど経つ。日本の家に旅行に行った時のことだった。あのとき、布団の中でしたキスの心地よさが忘れられない。今まで把握できていなかったイタリアの隅々まで、自分の中に収まった気がしたし、大げさに言うなら、まるで一つになったような感覚がした。それからは、イタリアのささいな仕草にすら、性的なものを連想するようになった。
「ねえドイツ……」
 拒む癖に、そっと腕を組んでくるイタリア。わざと乱暴に振り払い、ベッドから離れた。
「俺にはもう限界だ」
「ヴェ……」
 決心が鈍りそうで、イタリアに背を向けたまま言う。
「そんなに俺は信用ならないのか」
「ドイツ…?」
「俺が、文句を言わない抱き枕だったら、ずっと同じベッドで寝れただろう」
 部屋を出て聞き耳を立てていたが、室内からは、物音一つ聴こえなかった。

2012.6.28


つづき