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「なんのやつ?」
「犬の映画だ」
「わぁ、いいね」
 ディスクをセットしたあと、リビングの余計な灯りを消し、ソファまわりの二つだけを残した。キッチンに行きコーヒーを入れる。
 戻ってテーブルに置き、イタリアの横に腰掛けた。DVDはちょうど本編が始まったところだ。
「ドイツー、ちょっと寒くない?」
「そうだな」
 夜になって気温が落ちたようだ。確かにじっとしていると肌寒い。イタリアに毛布を渡すと、笑顔で礼を言った。
 しかしそこで終わらなかった。イタリアは遠慮無く膝の上に乗ってきた。
 どうやらこの体勢で映画を見るらしく、もぞもぞと体を動かしている。頭は首筋に、肩は胸板に触れている。やや横向きに体を倒していた。そして、腰は太腿の上……。
 体の柔らかさや、温かみを感じ気持ちがいい。しかもこんなシチュエーションだ。無意識で髪の匂いを嗅いでしまい、慌てて姿勢を正した。イタリアは落ち着くと腹の辺りから毛布をかけた。
「準備完了であります〜」
 映画は、日本の犬をモデルにしたアメリカ映画だった。この話の結末を知っていたから、そこまで取り乱すこと無く冷静に鑑賞できると思った。イタリアはおそらく感動して泣くだろう。そこを優しく抱きしめようという計画だった。
 しかし、予想は大きく外れてしまった。淡々としたストーリーであるのに、中盤にさしかかった辺りですでに目頭が熱くなっていた。見終わった頃には、この映画を何かのきっかけにしようとしていた浅ましい自分が許せなくなる。
「ドイツ、大丈夫…?」
 映画がクレジットになってしばらくすると、イタリアは振り返って問いかけてきた。イタリアも泣いていたようだが自分の比ではない。思わず目元を右手で覆った。
「すまん」
「ワンちゃんたち見てきたら?」
「そうだな……」
 リビングを後にすると、犬たちの寝床になっている部屋を覗いた。手前にいたアスターを起こしてしまったが、他の二匹は静かだ。軽く撫でてやったあと廊下へ出る。寝支度をして自室の前まで来ると、イタリアは迷うような素振りをした。やがて、そこで就寝のキスをしようとしたので、部屋へ引き入れた。

***

 昔は、イタリアに泣いている姿を見られることが嫌だった。
 今もその感情はあるが、ずいぶん和らいでいる。
 それはいつだったかイタリアに、泣くのは悪いことではないと諭されたからだ。反論したい箇所はいくつかあったが、そんな考えを持っているイタリアには、涙を見せていいのかもしれないと、心のどこかで思うようになった。
 ベッドに上がると、イタリアに腕を差し出した。時折イタリアは腕枕をねだってきたが、恥ずかしくてとてもする気になれなかった。しかし何故だか、今はそんな気分だ。イタリアは臆すことなく頭をもたれた。
「ヴぇーい、ドイツー、大サービスだね!」
 やけに明るい調子でそう言ったのは、泣いていた自分を気遣っているのかもしれない。
「好きだぞ」
 イタリアが家に来てから、言おう言おうと思っていた言葉が、なんの抵抗もなく言えた。
「えへ、俺も好きー」
「セックスするか……?」
 しっかりと目を見て言った。イタリアは胸板を撫でていた手を止める。
「……今度でいいよ。ドイツがそーゆー気持ちの日にしようね」
 イタリアは複数の話し合いなどで雰囲気をぶち壊す発言を良くするが、一対一だとあまりない。むしろ、懸命にこちらの意思を汲み取ろうとする。イタリアは昼寝の時あんなにも、色っぽく迫ってきたのに、今はこちらの気持ちを考え慮っている。優しさに再び目頭が熱くなってしまい、つい目をそらすと、気づいたのかイタリアは、ふふ、と笑った。
「大丈夫ー? ドイツ、俺みたいになっちゃったね」
 イタリアは手を伸ばし目尻を拭ってくれた。それからこめかみの辺りを撫でる。こんなふうにされるのは初めてで、余計顔が熱くなる。
「今度はさ、ドイツの持ってるえっろいやつ一緒に観たいな」
 わざと茶化してくるイタリアが愛しい。頭を撫でている手を掴み押し戻してから、改めて頬に触れる。
「ドイツ……」
「好きだ」
 それからキスをした、何度も。


つづく
2012.04.15