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 イタリアを寝かしつけ部屋を出たドイツは、目を閉じ溜息をついた。
 手のひらを見つめ、さっきのイタリアの様子を思い出してしまう。頭の中は夜のことでいっぱいだった。普段情けなくなるほど子供っぽい癖に、一体どこからあんな色気が出てくるのだろう。
 こんなこと、数ヶ月前まで想像もしなかった。
 ある休日、昼寝の準備をしているイタリアの隣に、本を持って腰掛けると急に唇を奪われた。
ふざけているのだろうと適当に文句を言ってあしらうと、イタリアは謝り、そして泣いてしまった。
ひどく戸惑ったが、イタリアが真剣なのだと気づいて、驚きと共に、嬉しさがこみ上げてきたのだ。自分でも意外だった。
 イタリアと会えると嬉しい。その気持ちは日に日に増していた。故に今日のように不意打ちで来られると正直、心の準備が足りずそっけない態度をとってしまうこともある。今日はなかなかうまくやれたほうだ…。そして夜にはきっと……
 ドイツはまた深い溜息をついた。
 自分は本気なのだろうか。本当にイタリアと一線を超えるつもりなのか。
 抑え切れないほどの高揚感が、胸にあふれていた。
 
 日も暮れ始めた頃、急な訪問者があった。食事の席を立ち、玄関に行ったプロイセンはなかなか戻ってこない。そればかりか、なにか言い争うような声が聞こえる。
「なんだろ」
「ちょっと見てくる」
 ドイツは眉をしかめ立ち上がった。イタリアも少し遅れてついてくる。
「泊めてって言ってるわけじゃないでしょ? ほんっと小さい男ね」
「別にだめなんて言ってねーだろうが! ものを頼む態度ってもんがあるだろ」
「そっちが最悪って顔したからよ」
「今せっかくイタリアちゃんのうまい飯をだな」
「イタちゃん? イタちゃん来てるの?」
 言い争う二人の脇をすり抜け、やや俯きがちなオーストリアが、フラフラと階段へ向かった。丁度玄関に来たドイツとイタリアに気づいて顔を上げる。
「ドイツ、横になりたいので、ちょっと部屋を貸して下さい」
「ああ構わないぞ」
 腰を押し、階段を上がるのを手伝う。イタリアも反対側から助けた。
「どうしたんだ、一体。風邪か?」
 ハンガリーが慌て階段を登ってきて、説明した。
「何か食べ物にあたったみたいなの。ほとんど出したんだけど、ただすごく疲れているみたいで。市内にホテルはとってあるんだけど、車は酔うから…。悪いわね」
「そうか…。大変だったな。気にするな、泊まって行くといい」
「ありがとう」
「おいマジかよ」
 オーストリアを客室へ運び、水やタオル等を用意した後、まだ夕食を食べていないというハンガリーも一緒にダイニングに戻った。料理は多目に作っていたし、同席しても全く問題がなかった。
 オーストリアとハンガリーは出張の仕事帰りに観光旅行をしていたらしい。昼食の肉があやしいと言うが、同じメニューを食べたハンガリーはなんともない。それをプロイセンがからかうと、また一悶着はじまってしまい、イタリアと二人で他愛無い話題をふって仲裁を続けた。
 食後、リビングのソファに移動しテーブルを囲んだ。疲れていたのか、ハンガリーはいつになく酔いが回っているようだった。寝るように促すと立ち上がり、おやすみと言って部屋を出ようとしたが、戻ってきてイタリアの肩を掴む。
「イタちゃん、久しぶりに一緒にねよっかー?」
「ヴェッ、ハンガリーさん、俺もう子供じゃないよ…」
「おい何ふざけたこと言ってんだよ! クソ女!」
 プロイセンは立ち上がって、ハンガリーの手を叩くようにして払った。
「いったぁ!! なにすんのよ!!」
「落ち着け、二人共……。ハンガリー、寝る前に少しオーストリアの様子を見てやってくれないか」
「そ…そうね。もう、私ったら。ちょっと飲み過ぎたわ。ごめんねイタちゃん」
そう言うと、ハンガリーは我に返ったような顔をして廊下へ消えた。
「ったくキーキーうるせえったら」
「兄さんももう寝てくれ、ここを片付けたい」
「おーそうか、そうだな」
 プロイセンは持てる分だけコップを片付けると、挨拶をしてから出ていった。

イタリアと後片付けをした。互いにあまり飲まなかったので、会話は至って普通だった。
「まったく、あの二人が一緒だとやかましいな」
「ふふー」
 並んで食器を拭きながら、やれやれとため息をつくと、同調するようにイタリアは笑った。
「オーストリアさん大丈夫かなぁ」
「ハンガリーは下りてこないし、問題ないのだろう。水はさっき俺が確認したし…、よく寝ていた」
「そっかぁ……。でも良かった」
「何がだ」
「二人きりになれて」
イタリアが急に右手に触れてきた。皿を落としそうになる。できるだけ優しい声色で言った。
「こら……危ないだろ」
「ごめんごめん」
 それきり、沈黙が続いた。キッチンを綺麗にしてしまうと、なんとなく手持ち無沙汰だ。意味もなく、調味料の口を綺麗に布巾でぬぐったりする。イタリアはトイレに行ってしまった。戻ってきたらなんて話しかけようか…。
 もう、セックスなどという雰囲気でないことは気づいていた。おそらくイタリアも同じだろう。気にかけることが増えたし、落ち着かない。
 オーストリアやハンガリーは、イタリアが一緒に寝たがる癖は知っていたし、同じ部屋で寝ても問題無いだろう。しかし、やましい考えがあるせいか気が進まなかった。
 できることなら、イタリアとリビングでもう少し話していたい。
 リビングに向かい、綺麗に片付いたテーブルを眺めていると、その向こうにあるテレビが目についた。
 そして、ついこの間、日本に貰ったいくつかのDVDを思い出す。どれも良作だと言っていた。忙しくなってしまい、紙袋ごと部屋の隅に寄せすっかり忘れていた。


つづく
2012.04.14