【ご注意】/基本独伊なんですが、かなり伊独寄りで、独が弱くてイタちゃんが強いかんじです。性描写はキスまでしかありません。



まさか友だち記念日を忘れるなど




 フェリシアーノが友人を連れ帰って来たのが丁度三日前だ。名をフェリクスと言う。
 透けるような金髪の男で、年は一つ下。やけに態度がでかいのが勘にさわったが、話すうちに悪意はないのだとわかった。ずいぶん子供っぽい印象の男だった。
 フェリシアーノと並べば、いじめっ子といじめられっ子のようにも見えたが、不思議と二人は仲が良かった。彼は異様にフェリシアーノのことを気に入っているので、バランスがとれているのかもしれない。
 どうしてうちに泊まることになったか。
 なんでもフェリクスの家は今週頭から補修工事をやっていて、うるさくてかなわないから、これを機に一ヶ月ほど旅行することにしたらしい。
 前々から二人は互いの家を行き来するような間柄であり、一緒にイタリア観光は済ませたそうだ。
 部屋もベッドも余っているし、男一人が一週間ほど滞在しても、我が家としてはなんの支障もない。
 けれど今回のことはあまりに急だった。俺が知らされたのは、その日の夜だった。
 同居人の一人、ローデリヒはフェリクスの持ってきた手みやげの郷土菓子がいたく気に入ったようで、好意を持って迎えていた。だがもう一人は……
「なんか気にいらねぇ」
 口を尖らせ、愚痴をもらしたのは兄のギルベルトだった。
 兄はフェリクスが来てからというもの、彼の独特な雰囲気に圧倒されて、自分のペースを見失っているらしい。ここ数日の苛立ちが、分かりやすく顔に表れている。
 寄りかかっていた机から離れ、兄はベッドの前に来て拳を作った。
「ルッツ、おまえだってそうだろ? 気に入らないだろあいつのこと! 人んちだっつーのに態度でかいしよ、四六時中フェリちゃんとべったべったしやがって」
「大きな声を出さないでくれ」
 俺は諌めるようにそう言って、ため息を吐き出した。
「そうはいっても、二人はなかなか会えてなかったらしいからな。久しぶりではしゃいでいるんだろう。フェリクスは少しやりにくい相手だが、悪いやつではないようだし」
「そうは言ってもよ」
 兄は天を仰ぎ、顔を両手で覆った。
「俺もうあいつの顔がだめなんだよ! すげー馬鹿にされてる気がするしよ、実際馬鹿にしてるぜ! ああなんかむかつくぜ!」
「兄さん、どうせあと数日なんだ。そんなに嫌なら関わるな。フェリシアーノの友人なんだぞ。もう少し優しい眼で見ろ」
「だってよ……、ああもう寝ちまおう」
 文句を垂れながら部屋を出て行った兄を見送り、静かになった部屋で、一人深いため息をついた。兄には優しくしろなどと言ったが、自分とフェリシアーノの間には、既に一悶着あった。
 一週間も滞在するくせに、連絡なしに連れて来た事。
 急に決まったから仕方ないだとか、断れなかったとか、ついでにフェリクスの特異な性格も引き合いに出して説明されたが、こっちは納得いくはずもなかった。
 頭の隅に日付がちらつく。
 それは週末、三日後の日曜だった。聞いた予定では、土曜の午後にはフェリクスがフランスへ向けて出国する。あっちで祭りが始まるので、日程をそこに合わせたらしい。フェリシアーノは今日からから休みを取り、木金土は友人に付きっきりでドイツ観光だった。
「はあ……」 
 フェリシアーノは覚えているのだろうか、二人の記念日のことを。忘れてしまっていても仕方がない。去年は俺のほうが忘れていた。よって責める道理はどこにもないのだ。
 

 翌日、起床し台所に向かうと、何故かローデリヒはいなかった。下ごしらえを済ませた食材のトレイがいくつか放置されていた。
 不思議に思いながら居間を覗くと、テーブルには新聞が広がっている。歩み寄れば、死角になっていたソファの内側に、フェリクスが寝転がっていた。読んでいるうちにまた眠くなったのだろうか。目を閉じたその顔は、想像よりもずっと幼かった。
 足音に気づいたのか彼はむくと起き上がり、俺を特徴的なつり目で見上げた。
「おはよー」
「おはよう。ローデリヒは?」
「ん、なんかエリザ迎えに行ったしー、すぐ戻ってくるって言ってた」
「そうか」
 そういえば今日から週末にかけて、エリザベータがやってくるのだ。彼女はローデリヒを慕っていて頻繁にうちへ遊びにくる。もはや身内のような存在だった。
 だが実際のところ、彼女がローデリヒと深い関係にあるのか、はっきりとは知らない。彼女の想いはいつもローデリヒに向いていたが、ローデリヒはそれを受け取っていないようだ。それがわざとなのか、それとも本当に気づいていないのかはわからなかった。
 兄さんとは少し仲が悪いが、本気で嫌い合っているわけではないようだ。喧嘩友達のようなものなのだと、俺は思っている。
 エリザベータはフェリシアーノのことを弟のように可愛がっている。そこを介してフェリクスとも面識があるらしく、今回のことは喜んでいるようだった。
 冷蔵庫から水を取り出し一杯飲んで、それからソファのフェリクスに声をかけた。
「コーヒー飲むか?」
「飲む飲む」
 湯を沸かし、ドリップしたコーヒーをマグカップに入れた。テーブルに身を乗り出して新聞を読んでいたフェリクスは、再び近寄って来た俺に気づいて、顔を上げた。
「ほら」
「ありがとー」
 差し出すと、ニカッと笑ってコーヒーを受けとる。
 態度は悪いが、彼は素直だ。
 きっと慣れれば気にならなくなるのだろうと、何となく腑に落ちた。初対面の印象はぐんぐん良いものに変わっていた。そしてきっとフェリシアーノですら、彼の世話役に廻っているのでは、と感じるほどにマイペースだ。
 話す事も思い浮かばなかったが、わざわざ居間を出て行くのも変なので、テーブルを挟んで反対側の椅子に腰掛けた。フェリクスはコーヒーを一口飲み、再び新聞に眼を落とした。しかし、またすぐに顔を上げた。
「なー、フェリシアーノのこと訊かないん?」
「どうせまだ寝てるんだろう」
「ちょっと揺すったけど、あいつ全然起きないんよー。あ、そーいえば、いつもフェリシアーノと一緒に寝てるって聞いたしー。顔怖いけど、マジ結構優しいところあるのなー」
 笑いながら正面切って『顔が怖い』と、会話に入れてくる度胸はたいしたものだ。フェリシアーノにも言われた事がない。
「いつもじゃない。……ごくたまにだ。しかもあいつが勝手に入って来るんだ」
「あはは! 想像すると可笑しいし!」
 フェリクスは声を立て笑った。無邪気な様子に、今まで敵のように思っていた自分が馬鹿らしくなる。フェリシアーノは、きっと彼のこういうさっぱりとしたところを好いているのだろう。そんなふうに思った。しかし、よくよく考えてみれば、自分とは正反対の性格だ。
「なーなー、フェリシアーノって、あんたのことマジ好きなんねー。あんたもそうなん?」
 その問いかけに、一瞬固まったものの、なんとか言葉を紡いだ。
「何故そんなことを訊く?」
「んー? 寝言であんたのこと言ってたから、そうなんかなーって思った」
「ばっ……ばかな」
 笑顔のフェリクスを凝視したまま、しばし絶句した。
 意識するな、そう思えば思うほど、顔に血が上ってくるのがわかる。耐えきれずに顔を背けると、フェリクスは力強く立ち上がった。
「あはっ! あはは! もーマジおもしろい! 俺フェリシアーノ起こしてくるし」
「おいやめろ! なんなんだ、人んちを引っ掻き回すのが趣味か!」
 フェリクスの襟首を掴むと、振り返った顔はあどけなく、いたずらが楽しくて仕方ない子供のような表情だった。
「なんて言ってたか聞きたくないん?」
 挑発するように眼を細めてそう言われ、つられて怒鳴りそうになったが、息を吐き出し心を落ち着けた。この手のタイプは、こちらが慌てれば慌てるほど、調子にのって行動がエスカレートしていくのだ。
「よし、言ってみろ。き……聴いてやろうじゃないか」
「どわっ!」
 ちょうど廊下から居間に入ろうとしてきた兄が、フェリクスにぶつかって驚いている。
「なっ、なにやってんだよおまえら」
「兄さん」
「おはようだしー」
 フェリクスは、俺に襟首を掴まれたまま、朝の挨拶とばかりに、目の前の兄を抱擁した。兄は突然のことにぎこちなく引きつった笑顔だったが、なんとか挨拶を返していた。
 思いきりよく懐に飛び込んでくる相手を、兄は嫌わない。フェリクスは人見知りするようだったが、一度気を許した相手には、なかなかに甘えるようだ。初日に挨拶したときは、とても兄にこんなふうに接するようになるとは想像できなかった。
 兄も意外だったようで、戸惑っているのが表情に見て取れる。
 そのとき、ちょうど玄関のほうでドアが開く音と話し声がした。廊下を覗けば、エリザベータとローデリヒが玄関に入って来たところだった。
「ポーちゃん!」
 エリザベータは駆け寄って来て、とびきりの笑顔でフェリクスを抱きしめた。
「めちゃくちゃ久しぶりだし! 元気してたー?」
「元気よー! 相変わらずね、ポーちゃん」
 フェリクスの額にキスを繰り返すエリザベータの背後に、ローデリヒがゆっくりとした足取りで近づいてきた。
「すぐ朝食にしますよ、みんなダイニングに。フェリシアーノはまだ起きていないんですか? ルート」
 目配せされ、ローデリヒからエリザベータの荷物を受け取った。客室に置いてくるついでに、フェリシアーノも起こしてこいということだろう。
 兄は楽しそうに会話を弾ませるエリザベータとフェリクスを見て、やはり引きつった笑顔のままだったが、ドア口に立っていた為、ローデリヒに邪魔そうに押され、我に返っていた。

 

つづき