恋に目覚めたら 3

 ドイツは、イタリアの肩に頭を預けて、黙ったまま動かない。
 好きだと言ってもらえると期待していたイタリアは、なかなか顔を上げないドイツのことがもどかしかった。
「ドイツ……」
「お前は本当に後悔しているのか……?」
「え……?」
「忘れたいか……」
 ドイツは依然、肩に額を預けたままだった。
「本当に傷ついていないのか」
「えと……」
「もうセックスをする気はないのか」
 イタリアは驚いて体を震わせ、ドイツの胸を押しやった。ドイツは腕を緩めて顔を上げる。目が合うと険しい表情で、イタリアは責められているような気になり息を飲んだ。
「な……なんで?」
「さっき今度は≠ネんて言っただろう」
「う……。ドイツが気持ちよくなかったのかもしれないなぁって……思ってたからで、もうしないんならしないでいいんだよ。だって……俺たち、友達でしょ……?」
「ああ」
「セックスするのは……だって……」
 イタリアはその先を言い淀んで、首をふった。
「……ドイツに甘えすぎちゃったから、いけないんだよね。ほんとごめん……。俺、でも、誤解されたくないんだけど……、手当たり次第こんなことやってるわけじゃなくって。あれもほんと注文しただけで使ってないし」
「わかってる。そうではなくて、俺が聴きたいのは……おまえがもう一度したいと思っているのかどうかだ。答えは二つしかないからな。どっちか選べ」
「わ……わかんない」
 思わずイタリアが目を逸らしてしまうと、ドイツは眉間に深くしわを刻んだ。意見を言わないイタリアに、ドイツはため息をついた。
「その先がどうなるのか怖いのか?」
「うん……」
「教えてやろう」
 頷いたイタリアを一瞥し、ドイツは言う。
「はいと言えば、俺はおまえとセックスが……したいし……、いいえなら、何もなく眠るだけだ。ただどちらの場合も、俺の好きという気持ちは変わらないだろう。嫌いにもならないし、怒りもしない……。何も変わらないから、お前の思ったように言ってくれ」
 ドイツは堂々として偉そうに言い始めたが、最後のほうは声がかすれていた。何よりその顔が朱に染まり、動揺しているのがわかる。イタリアは口を開けたまま呆然と眺め、ドイツが目を伏せた瞬間ようやく我にかえり、言葉を探した。
「俺、……どんな風に触ってくれたのかとか、よく覚えてなくて。でも……次の日どこも痛くなかったし、きっと優しくしてくれたんだろうなって思ってたんだけど、覚えてなくて……さみしいなって、ずっと……」

*********


 無言のままキスが続いてしまった。
 体も心もすっかり、他に選択肢のないところまで来てしまっていたのだ。交替でシャワーを浴びようと、緊張した面持ちで言いだしたドイツに、イタリアは頷く。

 イタリアの部屋へ移動した。キスをしながらベッドにゆっくり倒され、またイタリアも逞しい胴に腕をまわし誘った。
「んっ……」
 ドイツの手が触れるところ全てが痺れるほど熱い。そして、くすぐったいような、泣き出したいようなざわめきが常にイタリアの心にあった。鎖骨に何度も口付けられる。唇はたどって胸に触れていく。
 力の入った肩を落ち着かせるように、ドイツはゆっくり撫でてくる。イタリアはなかなかリラックスすることが出来ずに、視界にあるドイツの頭頂部をただ注視していた。手のひらが腹や腰、太もも、膝までたどり着くと、膝裏に手を通して持ち上げ、腿をぐいと胴に押し付けてくる。秘部があらわになり、外気にさらされたのだと思った。そこに押し付けられたものは、すでにしっかりと勃ち上がっている。ゆるゆると腰がうねり、イタリア自身も早急に高められていく。
「やっ……やだ」
 ほんとうに嫌な訳ではなく、自分がどうにかなってしまいそうな不安が、イタリアを煽った。先ほどから心臓はバクバクと絶え間なく響いている。ドイツは一瞬躊躇ったが、またすぐに擦り付けを始めた。その最中にも何度もキスをくれる。はやく我を忘れるほど夢中になりたかった。
 ハグもキスもするけれど、素肌そのままの足をこんなふうに絡めるなんて一度も無い。直に体温を感じると、どうしようもなく性的な気分になって、イタリアは身悶えた。なにもかも奪って、自分などなくしてしまうほどドイツに翻弄されたかった。
 やがて互いに精を吐き出して、それでもまたすぐに、燃え上がってしまう。
 酒に酔っていたとはいえ、もっと刺激的な行為をしたことを、イタリアはぼんやり覚えていた。期待していると、想像どおり後孔に手が伸びていく。両足を抱え上げられ、丸見えになっているところに、ドイツの指が触れようとしたが、その動きははたと止まった。
「……イタリア、何か塗る物はないか?」
「塗る……」
「クリームだとか……、そういう……」
 イタリアが意味が分からずに首をひねる。
「クリーム? ドイツがくれたいい匂いのやつ、その一番上の引き出しにあるよ」
 言った後に、何に使うのかを考えて訂正した。
「あのねー……、あれと一緒に買ったやつがあるんだけど、どこにしまったかな」
 イタリアはドイツの手を借り起き上がって、ベッドを降りた。チェストの上の段から探していったがなかなか見つからない。
「ここだったような気がするんだけど」
 一番下まで辿り着くと、未開封の香水の箱ばかりが並んでいた。奥に簡素な白いパッケージが見えたので、中のボトルを取り出す。キャップをひねり中の液体を手に出すと、透明で少し粘性があった。振り返ってベッドの上のドイツを見ると、こちらを見ているかと思ったのに、俯いて目を閉じていた。
「あったよー」
「あ、ああ」
 ドイツは顔を上げる。
 イタリアはベッドに上がって、再びドイツの前に座った。手にボトルを握らせたが、受け取ったままドイツは動かなかった。緊張しているのだろうと思う。イタリアも想像の何倍も緊張していた。
「ドイツー」
 顔を近づけるとやっと目が合い、イタリアはいつものように頬にキスした。思い切り抱きつくと、ドイツは少し笑う。もう一度体を強く寄せ、耳朶を甘噛みした。ボトルを片手に持っているせいか、ドイツは少し後ろによろける。そのまましつこく耳を舐め、やがてドイツが押されるまま後ろに肘をついて倒れた。イタリアはその隣に寝転がって、ドイツの首を引き寄せた。



「あ……」
 指が、ゆっくりと内壁を撫でて行く。一度経験したはずなのに忘れてしまっているので、まるで未知の感触だった。イタリアの腰が無意識で逃げようと上へずれていくのを、ドイツはたまに元の位置へともどした。
「……どいつ……俺っ」
 声が震えてしまう。悲しいわけでもないのに涙もにじんで、イタリアは困惑する。ドイツと目があったが、指の動きは止まらなかった。イタリアはどこかほっとして、身を任せた。
 愛撫を受けるうち、少し慣れてくると、イタリアは想像した。指一本でこんな風に怯えていたら、その何倍もあるドイツのものが、入るわけはなかった。また、無理をするのだからやはり痛みはあるのだろうと思った。半年前は、なんとなく重だるい感じはあったが、裂傷などもまるでなく、健康だった。挿入された時の感覚はうろ覚えで、確か後ろドイツが覆いかぶさってやった気がするが、他の部分と混じってぼやけてしまっている。興奮しているのも確かだが同じくらい不安だった。
「ドイツ、ほんとに……」
「なんだ?」
「ほんとに入れる……?」
 ドイツはしばらく返答をしなかった。ずいぶん考えた後に呟く。
「嫌か」
「ううん、嫌とかじゃ……ないん……だけど……っ!」
 ドイツが止めていた指の動きを再開する。
イタリアの体はすぐにまた緊張してしまった。指は、中を丁寧に探るような動きに変わっていく。
「……でか……いから、入ん……ない」
 ドイツが目を逸らし、俯いた。そのとき指が探り当てた場所にイタリアの感覚のすべてが持ち去られてしまう。
「う、あ……あっ」
 性器を弄られるのとはまた違う快感に、思わず背を仰け反らせ、耐えるように目を閉じた。
「ゃあっ……」
 指が押してくる箇所が、痺れてしまいそうなほどに甘く疼く。自然に腰が揺れ、シーツにしわをつくる。何を話していたかも飛んでしまう。さっきまで尻込んでいたのが嘘のように、ドイツを受け入れたくてたまらなくなった。
「だめだよう……ねぇ、あぁっ、やだやだぁ」
 ドイツは悦んでいることに気づいたようで、同じ箇所を何度もしつこく攻めてきた。イタリアはそのうち息も付けないほど、激しい快楽に苛まれた。一瞬ドイツの存在すら忘れて涙を流し喘いでいると、口付けがあり、指がゆっくり引き抜かれた。
「か……可愛いぞ」
「ふえっ」
唐突な告白にイタリアは目を見開いた。瞬きをして数秒ドイツを見つめた。
「俺が?」
 ドイツは明らかに失言をしたと思っているようで、目をそらし、気まずそうな顔をした。
「もう言わん」
「言っていいよ、俺、嬉しいよ……? 俺も、ドイツのこと可愛いって、思ってるもん……」
 ドイツは無視して体への愛撫を続けた。再び指が入ってきて、さっきより本数が増えていたが、まだどうにか耐えられた。
 荒い息を吐き出していると、ドイツと視線が合う。
「入れても良いか? ゆっくりやるから」
「痛くない……?」
「わからない」
「前は痛がってた?」
「いや、平気にしていたと思う……」
「……ほんとに?……、でも、練習っ……しとけばよかったね」
「もうあれは捨てろ」
 入口に、湿った生暖かい感触がぴたりと当てられた。
「ね……ねえ、痛かったらやめてくれる?」
「無理だ」
「まっ……」
 息がうまくできなかった。圧迫感をどうにかやりすごし、半分ほど入ったところで、もう限界だった。さっきのように気持ちよくはならず、苦しくて顔を覆って泣き出すと、ドイツはゆっくり腰を引いた。イタリアは心底ホッとして、体から力を抜いた。




つづく

2011.04.16