恋に目覚めたら 4

 息を整えた後、不安で首にすがりつこうとすると、困り顔のドイツに腕を掴まれ、シーツに括り付けられる。
「止めてほしいなら、抱きつくんじゃない……」
 ドイツはそう言いながら、手の甲でイタリアの涙をぬぐった。
「ん……やめてほしくない。好きだよ」
 イタリアは自分でも頬を拭いてから、やはりドイツの首に手を回した。引き寄せ、何度か口付けると落ち着いてくる。
 しばらくすると、ドイツは自然に、もう一度腰を抱えてきた。苦しかったがさっきよりはいくらか楽で、耐えられそうだった。イタリアは息を詰め、ドイツの動きを受け入れていた。ゆっくりとした挿入が止まると、うっすら目を開けて、ドイツを見上げた。結合部から、溢れたローションが肌を伝い落ちるのがわかった。
 ドイツも、眉を顰め目を閉じていた。眺めていると、ゆっくり双眸がひらく。今まで見た事もない表情をしていた。照れている時の顔に一番近かったが、苦しそうで切なげだった。
「……きつい」
「俺も、苦しいもん……」
「少し力を抜け」
「抜いてるよぉ……」
「もっと」
 それでも、ドイツの腰は少しずつ動き始めた。最初こそ圧迫感しかなかったが、同時に前を愛撫してくれたので気がまぎれた。大きくて無骨な手が、腹や脇腹をせわしなく撫でる。首をくすぐり、イタリアが笑うと降りてきて胸を弄る。
「大丈夫か……?」
 胸の突起を軽くなぞられ、ビクンと体が震えた。やがて律動に慣れてくると、腰が疼くようになってくる。普段そこまで強烈な独占欲など感じないイタリアだったが、今日は違った。
自分の躰に陶酔している様子を見るにつけ、欲がじわじわと満たされていき、もっと求めてほしいと思った。
 とうとう揺さぶられる事に快感を覚え始める。
 ドイツも慣れてきたのか、抜き差しは徐々に遠慮のないものになってくる。擦り合う内壁が熱く火照って、そこから生み出される甘い疼きに体中が犯されていく。イタリアはそれを待ち望むようになった。
「ん、あっ……あ」
 自然と動きに合わせ声を漏らしていると、ドイツは急に顔を近づけようと、身を屈めてくる。するとより深くまで性器が押し込まれて、イタリアはさらに喘ぐ事になった。
 それでもキスを交わし、イタリアはずいぶん長い間、ドイツの首を捕まえていた。たっぷりと舌を絡ませあい、余すところ無くドイツの咥内を味わってしまうと、疲れて力を抜いた。しかしまた追いかけるようにドイツの唇が近づいてくる。尻を抱え直されると、今度は腰が完全にドイツの太ももに乗っかってしまった。ほとんど天井に向けて股を開いているような状態になる。
 ドイツが目の前で息を切らし、苦悶の表情を見せるのが、たまらなく扇情的に思えた。時折声も漏らす。目が合うと胸が高鳴り、イタリアはもっと卑猥な行為をされたいと願った。
「ん、大好きだよ。大好き……」
 イタリアの願いを知っているかのように、打ち付ける腰の動きは、少しずつ激しさを増していく。
「…あ、もう……! ……おれっ……!」
 ドイツの瞳は、静かな情熱を秘めていた。
 ベッドに組敷かれ、誰にも見せないようなところをドイツだけに晒している。そこを使って、ドイツが気持ち良くなっているのかと思うと、わずかに背徳感はあるものの、甘美な心持ちだった。イタリアの中では、甘やかされているのとほとんど同じ意識にあり、最高の快楽を味わっていた。
 夢中になっているドイツはとても可愛く思える。わざと煽るようなことを言うと、赤面するのがわかって楽しい。
「……俺の事すき?」
「好きだ」
「……可愛い?」
「ああっ、……可愛いぞ……!」
 愛しさにドイツの体を抱きしめたかったが、激しく動いているので、背中に手を回してもすぐに滑ってしまった。
「ハグしたいよぉ……」
 呼ぶと、厚い胸板が一気に体の上へ降りてきた。姿勢が苦しいが、いつもの安堵感を得て、イタリアの躰も心もさらに解れていく。肩の後ろにやや強引に腕を通され、力強く抱きしめられると、震えるほど感じてしまい、イタリアは感極まって涙を流した。
「やっ、やぁ……!」
「す…まん、もう……」
 そう聴こえたかと思うと、ぐいぐいと円を描き押し付けるような動きのあと、中に何かが出されたのだとわかる。それが、精液なのだと気づいて羞恥に身悶えた
 そして、ゆっくりと息を吐き出したドイツが、イタリアの中途半端に立ち上がったままの性器を見て手を伸ばし、労るように優しい愛撫を始めた。


***


「さっきからそればっかり」
 五回目になると、イタリアはついに吹き出して笑った。ふとんの縁から顔をだし、ドイツの立っているチェストの前を見た。ドライヤーを折り畳み、あとで洗面所に持って行けるようにコードをまとめている。ブラシも毛を払って、鏡の前の小物入れに立てた。
「しかし」
「早く寝ようよ」
「わかってる」
 ようやくドイツはベッドに腰掛けたが、あまりのぎこちなさにイタリアはまた笑った。
「ほんとに大丈夫だよー、疲れたけど」
 愛し合った後、落ち着きを取り戻すと、ドイツはイタリアを風呂まで運び、簡単に体を洗ってくれ、溜めた湯に浸からせてから出て行った。
 部屋に戻ると、ベッド周辺は今朝よりも綺麗に整えられていた。ローションのボトルも見当たらなかった。もはや情事があった雰囲気は、かけらも残っていなかった。
 入れ違いでドイツは部屋を出て行ってしまい、素っ気ない様子に口を尖らせてベッドに腰掛けると、シーツも取り替えられている事に気がついた。中に体を滑り込ませると、しわ一つないシーツが気持ちよかった。これはきっと、ドイツがアイロンを当てた分なのだろうと思う。イタリアはここまで綺麗にできなかった。
 うとうとしていると、ドイツがシャワーから戻って来た。髪を乾かさないままベッドに寝転んだことについて、くどくど叱られたあと、結局ドイツがドライヤーで乾かしてくれた。そのあたりから、体は大丈夫なのか、の連発だった。いくら平気だと言っても、ドイツは納得がいかないようだ。
「ドイツ、ほらぁ早くー」
 腹に手を回して引き寄せると、ドイツはようやく隣に並ぶ。じっと見つめると、照れ臭そうにキスしてくる。イタリアは嬉しくてつい自分から体を寄せ、胸板を押し、ドイツの躰を横に倒した。
「俺の事すき……?」
「おまえのことばかり考えていた。前にこうしたときから……」
「そ……そっかぁ……。あは、ほんとかなぁー! ドイツ忙しいもん」
「本当だ」
 重苦しい口調で返されたので、イタリアは付け加える。
「別に疑ったわけじゃないんだよ……」
 ドイツはイタリアを一瞥し、軽く頷く。
「そうか」
 最中は良かったが、終わってからというもの、ドイツは心配になるほどの意気消沈ぶりだった。落ち込んでいるようにも見え、イタリアはできるだけ甘えて、声をかけることにした。
「ドイツー、あんまり言えなかったけど、すごく気持ちよかったよ」
 ドイツは目を閉じ顰め面になる。やはりと思い、イタリアは続けた。
「優しいしさぁ……。俺、もっと好きになっちゃったなぁ〜」
 いくら褒めても、無言で天井を見つめたままだったので、イタリアは顔を寄せた。音を立てて頬にキスすると、ようやく一瞬こちらを見る。
「イタリア……、一応訊いておくが……。次はあるんだよな?」
「次? うん……、俺はしたいな」
「俺もだ」
「へへ……」
 ドイツが急に身を起こして覆いかぶさってきた。顎を掴まれ、何度かついばむようなキスをする。そのうち唇が深く合わさり、舌も絡め合うと、またドイツの手が腰を撫でた。その擦り方は、明らかに一つの目的を持っている。やがて尻をやんわり揉みしだかれると、イタリアもすぐに欲情することができた。
「せっかく綺麗にしたのに……、もう一回するの?」
 微笑んでそう問うと、ドイツは真っ赤になって起き上がった。からかうつもりなどなかったのに、ドイツはそうとう過敏になっているようだ。ベッドから降りようとしたのでイタリアは驚いて、ドイツの腹にしがみついた。
「待ってよぉ! うそ! 今のなし……、ごめんね」
「本当に……すまん」
 イタリアの腕を丁寧に片方ずつ外してから、ドイツはベッドを降りた。
「……一緒にいると、ろくなことにならんから、俺は下で寝る」
「ええ?」
 イタリアが返答する前に、ドイツはあっけなく部屋を出て行ってしまった。階段を降りる足音がする。残されたイタリアは呆然とし、一瞬ベッドに横になってみたが、とても眠れる気がしなかった。結局毛布を抱えて、ドイツのあとを追いかけた。


おわり

2011.04.21

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