恋に目覚めたら番外 前編

 ドイツは、目の前に置かれたグラスを見て困惑していた。
 ワインは、もう何杯目か覚えていない。
 その前にビールもずいぶん飲んだので、正直、これ以上腹に飲み物を入れたくなかった。ドイツは自分のアルコール許容量についてよく解っていた。いつかのオクトーバーフェストで記憶をなくし、プロイセンに抱えられて家まで帰って来た事を幾人にも指摘されてから、ずいぶん気をつけるようになった。プロイセンも先ほどまで一緒にテーブルを囲んでいたが、ひとしきり騒いで疲れてくると、床で寝てしまったので、部屋に運んだ後だった。
 自分の行動を覚えていないというのは恐ろしい。
 イタリアはというと、飲み慣れているワインなら、驚くほどの量を飲み干してしまう。だが酔うのも早く、いつもに輪をかけて陽気になり、よくしゃべる。それを通り越すと絡んできて、しばらくすると寝てしまう。泥酔しているときのイタリアは、いつも以上に突飛な行動をとる。よろけて倒れたりしないか、動向に注目していなければならなかった。
「もういらないの?」
 グラスを手に取らないドイツに、イタリアは眉尻を下げた。
「ああ、俺は充分だ」
 イタリアはドイツの為についだワインを、自らの口元に運んだ。それを見てドイツは立ち上がる。
「あー、もう飲むな!」
「うん」
 イタリアは頷きながら、水でも飲むようにするするとワインを飲み干してしまった。ドイツは空になったグラスを奪う。
「イタリア、もう寝ろ。これ以上飲むと明日吐くぞ」
「大丈夫だよ」
「イタリア」
「ドイツがぁ、ちゅーしてくれたら寝ようかな……」
「本当だな、寝なかったらただじゃ済まんぞ」
「待って待って」
 イタリアは顎に手をやり、何かを考え込むようなポーズをとってから、顔を上げた。
「『イタリア、愛してる……』で、こうぎゅーってして、キス!」
 身振り手振りをつけ楽しそうなイタリアを見て、ドイツは俯いて大げさなため息をついたが、それは表情を隠す為のものだった。イタリアが明日覚えていなかったとしても、綻びた顔を見られたくない。
「もう知らん」
 ドイツは何か諦めたように、力なくソファに腰掛けた。グラスをテーブルに置くと、変わりに、プロイセンがジョッキに半分ほど残していったビールを飲み干した。酔っているイタリアは、とにかく可愛いのだ。仕草から始まり、舌っ足らずになるところや、上気した頬やら、いつにもまして甘えてくるところだとか……。イタリアの面倒をみるのは嫌いじゃないので、いつまでも付き合ってしまう。
「俺は先に寝る」
 ドイツが静かにそう告げると、イタリアは焦ったのか近寄って来て、膝上に腰掛けた。
 胸にもたれ掛かってくる。何かを探るようにもぞもぞと動かれ、ドイツが気まずさに少し頬を赤らめたころ、イタリアは体をひねって、胴にしがみついてきた。
「撫でてほしいであります……」
 そう言って頭頂部を寄せてきた。
 ドイツはそのくらいならと応じる事にして、適当にがしがしと二三往復すると、すぐに手を退ける。
「以上」
「全然足りないであります。あともっと優しくすると喜びます……」
 ため息まじりに続けると、イタリアは黙ってじっとしていた。ドイツは、このまま撫で続ければ寝るのかもしれないと気付き、辛抱強く付き合う。頃合いをみて顔を覗き込めば、イタリアと近距離で目が合ってしまい、ドイツはすぐに姿勢を正した。
「ねえドイツ」
「なんだ」
「俺、眠くなっちゃったから……」
「そうか! 寝るんだな」
 ドイツはそのままイタリアを抱え上げたが、途端にイタリアは抵抗した。
「キス……」
 細かく言われる前に、先手を打ってイタリアの頬に口付ける。
「寝ろ、いいな」
「うん……」
「もう一回してくれたら寝るよ」
 ドイツはやけになり、いつもより長く唇を当ててやった。イタリアを抱え居間を出て、階段を上がった。
「ねえドイツってさ、俺の事、好きって言ってくれたけど……それってどのくらい?」
「……秘密だ」
「あのさ、おまえの事好きなの……」
 そう言いながら、首筋に顔を寄せてくる。
「すっげー好きなんだ……」
「ああ、あまり動くな」
「たぶんね、おまえが想像してる100倍くらいすきだから」
「そうか」
「どこが好きかっていうと〜、笑った顔がすっげーかわいいの、もう最高にさ」
 ドイツが相槌を打たなくなっても、イタリアは一人で喋り続けていた。
「俺、心臓止まりそうになるよ。胸が……痛くって」
「あと、ムキムキであったかいところかな」
「優しいところも……。匂いも好きだし」
「声も……」
「目もすごく好き」
 客室に入りベッドに降ろすと、イタリアはしがみついて離れようとしなかった。
「イタリア、離せ」
「うーん……」
 無理矢理肩から手を剥がすと、イタリアは諦めたようで項垂れている。
 それから服を脱ごうと動き始めたが、酔いのためか、ボタンが外せないようだ。つい手をだしてしまう。
「好きだよ」
「はいはい」
 シャツのボタンを、一番下まで外してやった。イタリアの白い肌が、生地の濃紺によく映える。
 はだけたシャツの胸元に、少しだけ乳首が見えている。
 アルコールのせいか、イタリアの肌はいつもより明るく色づいていた。それは、乳首に関しても同じで、男のものにしては淡い色だった。小さく、柔らかそうな先端だ。そういえば、ここがコルシカであると以前聞いた事がある。フランス領なのだと言っていた。フランスに体を触られる時は、必ずここなのだと。
 フランスが既に何度も触っているのかと思うと、ドイツは、自分も触れてみたいという衝動が湧いた。フランスとは、ボディタッチさえ冗談のようなやりとりなのだろうと想像できたが、自分とならばどうだろう。イタリアはどんな顔をする……? 恥ずかしがるだろうか、それとも……。
「ドイツー?」
 声をかけられ、見入ってしまっていたことに気づいて、ドイツは慌てて目を逸らした。
 しかし、イタリアはそれ以降もシャツを脱ぐ様子はなく、ぼんやり宙を見つめたままだった。仕方なく脱がせてやろうと襟に手をかける。しかし、イタリアは前をあわせ肌を隠した。
「えっち……」
 ドイツは何故か顔が熱かった。
「脱がないと寝ないだろうが……!」
 ドイツは声を荒げながら、もう一度襟に手を伸ばした。
 するとイタリアは急に、ドイツの顔を胸に抱き込む。ドイツの鼻孔に、イタリアの肌の匂いが溢れた。イタリアはぎゅうぎゅうと何度か抱きしめたあと、満足したのか、腕の力をゆるめ体を引いた。ようやく顔が見える。
「ねえ、俺こんなにドキドキしてるの……おまえのせいなんだよ」
 潤んだ瞳と対峙すると、ドイツは自分の内に秘めた欲望に気づいてしまった。



つづき

2011.02.23