人には言えない・続き6


イタリアと話がつき、心配事がなくなったその週の終わりのことだ。
仕事から帰宅し自室のクローゼットをあけたところで、日本からメールがあった。忙しくしていてすっかりフォローを忘れていたなと反省した。

”先日はお会いできなくて残念でした。次の機会を楽しみにしています。
ところで最近イタリアくんと会いましたか?”

”こちらこそ急に予定を変えてしまって悪かった。イタリアとは話し合いの末まとまったので大丈夫だ。イタリアに聞いた俺の話は忘れてくれ”

”さすが物事が早いですね。ひと安心しました。今度お祝いに和菓子でもお送りしますので”

”祝われるようなことはないぞ 大げさだな。だがありがとう”

返信してしばらくすると、着信音がなった。メールのやりとりをしたばかりの日本だった。
「日本か。どうした?」
「いえあの……こんにちは。そちらは夕方、夜?ですかね。イタリアくんと仲直りされたそうで良かったです」
「仕事から帰ってきたところだ。心配をかけて悪かったな。まさかイタリアがしゃべるとは思わなかったが…。だがもう気にしなくていい。まあ、解っていると思うが、内容は他言しないでほしい」
「もちろん他言致しません。お約束しましょう。それでですね……、ええと……ちょっと確認したいんですが、現時点でお二人の関係は…」
「友達だ」
「友達! そうですよね。友達……!!そうですか、わかりました。元通りになったとのことで…。確かにお祝いをするほどのことではないですよね。失礼しました」
「……なにかあるのか?」
「いえ……あの、こんなふうになるのは、意外だなと思いまして」
「そうか? ずっと気まずいままは嫌だったからな、ホッとした。なんというか、恥ずかしい話だが全て気の迷いだったんだ」
「ええ……、あの、はぁ…。困りましたね。いささか反則と思いますが、黙っているのもなんですから」
「どうしたんだ」
「昨日イタリアくんから送られてきたメールを転送しますので…。あとはご自身で判断してください。あ、ちなみに私は当たり障りの無い返信をしましたので。では、おやすみなさい」
「……わかった、それじゃあな」
電話が切れた後、一度端末をベッドに置き、スーツから部屋着に着替えた。靴も柔らかい物に替えてからベッドに腰掛け、再び端末をのぞく。日本の宛名で、ちょうどよく転送メールが届いた。件名は”グラッツェにほん”。

”このあいだは相談にのってくれてありがとう。にほんの教えてくれた通りに話したら、ドイツも謝ってくれたし、すげー上手くいったんだよ! 今度おごらせてね。ドイツの気持ちはよくわかんないけど、でもキスはねー、嫌って言われなかったから、たぶんしてもいいみたい。よかったー!仲良しの確認のキスなんだよ。だからきっと、前と同じことにはならないよ。ドイツってむきむきなのにかわいいよね。またメールするかもしれないから、よろしくね。チャオ!”

文面を読み、途端に週末のことで頭がいっぱいになった。


日曜は雨だった。
「どーいつ!」
「よく来たな。すまん、今ビンを割ってしまって」
ドイツは一瞬だけ玄関まで迎えでると、イタリアと顔を合わせた後、すぐにキッチンへ戻った。わざとではない。イタリアがくる一時間前ほどからそわそわして何も手につかず、心を落ち着けようと掃除を始めた。キッチンを片付けている最中に、呼び鈴が鳴り、驚いてビンを床に落とし割ってしまったのだ。中に入っていたのはピクルスだった。使いやすいようみじん切りにしたものだった。イタリアがキッチンへやってくると、惨状にため息を漏らした。換気扇をつけていたが、ビネガーの匂いがキッチンに充満していた
「わああこんなに」
「今週あけたばかりだったものでな…」
拾い集めるが、ビンも割れてしまったため捨てるしかなかった。
「残念だね……」
「向こうに行ってろ」
「手伝うよー」
イタリアはそう言って隣にしゃがみ、散らばったピクルスを拾い始める。イタリアの後ろに犬達がついて来ていたので、合図してリビングへ戻した。
割れたガラスとピクルスを分別するのはなかなか面倒だった。横のイタリアからは、何故かいつもより荒い息遣いが聞こえる。何故だろうと深く考えないうちに、口にした。
「キスはしないぞ」
「ヴェっ?」
イタリアは目を見開いて、こちらをむいた。
「キス……? 挨拶のキス? さっきしなかったね、ハグも」
「違う。なんだその……、前にしていたようなやつだ」
「ヴェっヴぇ……」
イタリアは絞り出したような声で、そう言った。その後黙り込んでしまったので、横を見る。イタリアは視線を床に落とし、頬を赤らめていた。
「ドイツって……、俺がキスしたいのわかるんだね」
その横顔はいつもより大人びていた。頻繁にキスを繰り返していた頃の、イタリアの様子が重なってしまう。 すぐに視線を逸らした。ピクルスを拾う作業に集中する。
「俺、そんなに顔にでてるかなぁ?」
「いや、なんだか……、呼吸がな」
「呼吸……って? あっ、俺、車降りてから玄関まですげー走ったの!寒いから」
今度はこっちが赤くなる番だった。やり過ごそうともくもくとピクルスを拾っていると、イタリアの唇が、ちゅと音を鳴らし頬に触れる。
「前みたいなキスはしないのかぁ……。ドイツさー、一日一回ならいいって言わなかったっけ??」
「言っとらん」
「ヴェエエ」
「……キスはしない、そのほうがいい」
「したほうがいいよ。だってそのほうが仲良くなれるでしょ? それに気持ちいいし……」
「友達だぞ。もう充分……、仲はいいと思うがな」
「もっと……ドイツのこと知りたいの」
 イタリアは横から思い切り唇を重ねてきた。




つづく
2013.02.19