人には言えない・続き5





ドイツはほとほと困り果てていた。真っ暗な自室のベッドで、仰向けになり腕をくんでいた。
電気を消してから、かれこれもう30分くらい経っただろうか。
キスのことばかり考えていると気づくたび、仕事に精をだしたり、ジムへ行ったり、犬の散歩にいくことによって気を紛らわしてきた。しかし困るのは、就寝時だった。どうしてもイタリアのことを考えてしまう。
なぜああも容易く、キスをしてしまったのだろう。確かに嫌ではなかった。いや……、たとえ一度目は許しても、それで終わりにするべきだったのだ。舌をからませたのはやりすぎだった。合間にもれ聞こえるイタリアのくぐもった声は、なぜかとてつもなく甘美で、心に残った。そもそも、イタリアが受話器越しにキスを聞いたのだというのだから、そこがほんとうにまずかったと思う。寝入ってしまって、あの日そんなことをした全く記憶はなかった。だが習慣としていたから、無意識でやった可能性はおおいにあった。
半年前くらいに、イタリアにとても好感を持った日があった。たしか何かを褒められて、それが嬉しかったのだ。内容を忘れているくらいだからそんなに大したことではなかったはずだ。だが、好意を伝えるのが照れくさく、間接的ではあったが電話越しのキスに思いを込めた。
繰り返すうちその意味も薄れていき、ただの習慣になっていた。

イタリアの体に興味を持っていたのは、前々からだった。とくに邪な気持ちではなく、ただ、イタリアとベッドをともにすると良い気分で朝を迎えられるのは何故なのか、純粋に疑問だった。それから、どんどんイタリアのことが知りたくなった。長い付き合いだが、まだよくわからないところはある。イタリアが股間を見せようと提案してきたことは心底驚いたが、ためらいなく急所を丸見えにしているイタリアを見ていると、自分が信用されているのだとひしひしと感じて、なぜか胸が切なく傷んだのだった。
あの時があったから、キスも受け入れてしまったのかもしれない。
枕元の電気をつけ起き上がった。眠れないなら、なにかしようと思い立つ。携帯端末を手にとった。
頭から追い払おうと頑張るから、余計気になるのかもしれない。何回かのコールのあと、イタリアがでる。声は眠そうだった。鼓動が早まる。
「悪い、もう寝ていたのか。おまえにしては早いな」
「ううん、ソファでうたた寝してたー。ベッドで寝るよ。ドイツどうしたの?」
「日本のことだ。急にすまなかったな」
「うん、いいよー楽しかった。いろいろ相談にものってもらえたし。ほんとは日曜は二人でドイツち行こうと思ってたんだよ。まだ出張から帰ってきてないっていうから残念だったけど」
「そうか……、相談?」
「あ、そうそう……えっと、料理のことー! 日本食って難しいんだもん。ドイツはいつ帰ってきたの?」
「今日の午後だ」
「そっかー。お疲れ様〜。すげー会いたいよ〜。来週ひま?ひま?」
「ああ」
「やったー!俺さドイツと一緒にいきたいバル見つけて」
そこでイタリアは言葉を切る。
「ドイツ、お……俺実は怒ってるんだからね、すごく……」
急に声の調子が変わった。あまりに唐突だったので耳を疑う。
「なんだ。いきなり……」
「キスのこと……。俺はドイツが大好きだからしたんだよ……それで……俺はとても深く傷ついたので、ドイツがちゃんと謝ってくれるまで、もう会わないことに決めたんです……!絶対だからね!」
「き……キスのことは、おまえが……」
「ドイツだって、舌入れてきたでしょ……なのに、全部俺のせいにするなんて、ひどすぎます、と思います……。俺だってさすがに、怒ったりするんだから。心しておいてください。もし、こんなことが続くようでしたら、 俺、ドイツのこと嫌いになっちゃうかも…………しれ……ませんので、お願いします……ふぇぇ、こっ……これは冗談かも……うう」
「……イタリア」
「ごめんね、だから、来週は会わないからね……。ごめんね……。ほんとはすげー会いに行きたいけど……。じゃあ、おやすみ」
イタリアの声は震えていた。イタリアがまるで用意された原稿を読んでいるかのごとく、不自然な話し方をしていたので、さすがにこのままというわけにはいかない。
「イタリア? 切るな。悪かった……。大丈夫か?」
「ん、うん……」
自分の気持ちを説明したかったが、現状では、ぴったり当てはまるような言葉が見つからない。何度かため息をついた。
「嫌いになる、か……。そのほうがいいかもしれん」
「え?嫌いにはならないよ」
「今後のためにもだ。俺はたまに、おまえにえらそうな態度をとっていることがあるだろう」
「そうかな? そんなことないよ」
「自分でも、良いこととは思っていない。なんというか……、今回のことも、俺のそういう態度が……、原因なんだろう」
「よくわかんないけど……」
「おまえは、そもそもなんでキスをしてきたんだ」
「えっとー……、ドイツが電話にキスしてたから、ドイツかわいいなぁと思って……。俺すげー嬉しくて、それで顔見たらキスしちゃうじゃん」
「ではやはり、今後はしなくていいよな。理由もない、キスをしていたから、俺達は変な具合になったんだろ」
「うん……、うーん、そう思う?」
「ああ」
「でも一日一回くらいなら、いいんじゃない? 友だちだよー。にほんは道ならぬ恋って言ってたけど、俺達って恋じゃないよね……? 好きだけどさ。だから仲良しの確認てことで、キスくらい、いいんじゃないかなぁ。ドイツ嫌じゃないよね?」
「……日本か」
「うん……。あっ!! 言ってないから俺!」
「話したのか」
「ううん!」
「話しただろ」
「言ってないです!」
「嘘をついたら……」
「話したけど……、詳しくは話してないよ」
「まったく」
「ごめんね、でも俺相談する人が欲しくて。にほんは口が固いって、ドイツも言ってたでしょだから」
「お前は軽すぎるがな」
「ヴぇええ、ごめんってば。でもにほんに言うまえは、猫ちゃんにだけ話してたんだよ」
ドイツはため息をつく。今度日本に会ったら一体どんな顔をすればいいというのだ。だが、猫に相談したというイタリアの話を聞くと、イタリアも悩んでいたのだろう。しかる気にはなれなかった。
「……俺も色々軽率だったと反省している。だから、一連のことは水に流さないか。元の状態にもどろう」
「いいけど……、ねえ、電話にキスしてたのってさ、あれほんとに電話切った後いつもやってたの?」
「じゃあな、おやすみ」
「えー言わないのずるいよう。俺のこと好きだからしてたの? ねえねえ」
一方的に電話を切った。そして瞬時に携帯端末をナイトテーブルの棚にしまった。
電話をしてよかったと、ドイツは胸を撫で下ろす。話すうち、気持ちにも整理がついた。イタリアとは、以前と同じような関係を続けられるだろう。
日本に知られてしまったのは悔しいが、他の誰に知られるより被害は少ないはずだ。そう思えば、諦めることができた。電気を消してから、目をとじ、深く呼吸する。イタリアの柔らかい笑顔が浮かんだ。今度は眠れそうだった。



つづく
2013.02.09