人には言えない・続き4



「なんだかドキドキしてしまいますね。ドイツさんのお宅には何度も泊めていただきましたが…、イタリアくんのお宅にというのは」
「ドキドキする? ふふ、そういえば俺んちで二人きりは初めてだー。ヴェ、 実は俺にほんに相談したいことがあるんだー。だからすげーちょうど良かった!」
「なんですか改まって。イタリアくんから相談事とはめずらしいですね。料理のことでしょうか」
「ううん。まぁとりあえず入ってよー。のど乾いてる? あ、にほんがくれたお茶の葉があるんだった。それがいい?」
「すみません、なんでも用意しやすいもので結構ですので」
 フランスへの用をすませた後、日本はヴェネチアに来ていた。本当ならばドイツの家に一泊する予定だったが、都合が変わってしまいどうしても家にもどれないというので、急遽イタリアの家へやってきた。日本がヴェネチアを訪れるのは ずいぶんと久しぶりだった。
 イタリアはリビングに日本を案内すると、奥のキッチンに引っ込んだ。しばらくして戻ってきたイタリアは、テーブルにそれぞれのカップと小皿を置いた。チーズケーキだった。
「ありがとうございます。おや、これは」 
「にほん、好きだよね。思い出して作ったんだー。食べて食べて」
「はいそれはもう。いただきます」
 しばらく気候の話を続けた後、ふと会話が途切れた。イタリアが例の相談をしだすかと思ったが、なかなか口を開かないので日本は先手を打った。悩んでいる様子がみられないイタリアからの相談がなんなのか、少し好奇心もある。
「イタリアくん。ええと、先ほどの相談というのを、お聞きしましょうか」
「ヴェー、そうだった」
 イタリアは息を整えるように吐き出した。それから、言い出そうとして照れ笑いをする。
「ちょっと恥ずかしいんだー」
「ええ? な、なんですか…? そんなこと私に話してしまっていいんですか?」
「俺さ、今、よくキスする相手がいるんだけど……。でも、もうやめたいんだけど……やめる方法ってないかな」
イタリアの悩みは意外なもので、しかもあまりに輪郭がぼんやりとしていたので、日本は瞬きを繰り返した。
「ええと…、キス、ですか…?」
「男友達なんだよ」
 そう聴いて、ようやく腑に落ちる。
「そ、そうですか……え? やめられないということは、イタリアくん……まさか強要されてるんですか?!」
 真剣にそう訊き返すと、イタリアは笑う。
「違うよー! ……やめられないっていうか、俺が我慢できなくてしちゃうんだよ。なんか色々悩んじゃって嫌だし、もう絶対しないって決めてるんだけど、でも自信なくてさ〜」
 日本は目を閉じ、何度も深くうなずいた。
「そうですか。詳しい事情は存じませんが……、道ならぬ恋という解釈で、合っているでしょうか」
「恋?! 恋……なのかなぁ。うん、そんな感じ。……とにかくやめたくて。俺って我慢できないからさ」
「会わないようにするなどは」
「ヴェーだめだめすげー会いたいから!」
 日本は首をかしげる。
「イタリアくんは会いたい…と。お相手は乗り気ではないのですか?」
「うん、なんか迷惑みたい……」
「気持ちは伝えたのですか?」
「気持ち…? もうやめるねって言ったら、やっと飽きたのかって……。キスしたいなら他の相手を探せって」
「なんと…、そうでしたか……」
 興味津々で身を乗り出していた日本だったが、背筋をのばし、座り直した。
「すみません、ずけずけと訊いてしまって」
「ううん、俺が相談したいって言ったんだよー?」
「しかしですね。イタリアくん……二人のあいだにキスするような雰囲気があって、彼もそれを受け入れていたなら、相手の方はちょっとひどい言いようですね。気のあるふりをしてイタリアくんにキスさせていたんですか?」
「ん? うーん……、それもちょっと違うんだけど……」
「なんにしろ、飽きたのかはないですよ。勝手すぎます。そんな男と一緒にいてもどのみち」
 そう言いかけて、イタリアがまだ相手を好きなのだろうと気づき、言葉を変えた。
「しかし悪い男には、なぜか魅力があるものですよね……。ええ」
 適当にまとめてから、仕切りなおす。
「イタリアくん。話がそれましたが、キスを我慢する方法でしたね。では……、二人きりにならないようにすればいいのでは? 常に誰かを交えて会話をすれば、そんなことにならないでしょう。道ならぬ恋ですから」
「おおー! そっか…、それいいね……!!」
 イタリアは急に立ち上がる。そして横まできて膝立ちになり、視線を合わせると、フォークをにぎる日本の手をとっていった。
「じゃ、にほん明日俺に付き合ってくれない?!」
「ええ、明日はもとからイタリアくんと観光のお約束をしていますから」
「そうじゃなくて〜、ほら二人きりにならないようにするのにさ、にほんがいてくれたらいいなって」
「えっ? いや…、私……、私ですか?! そのかたに会いに行くんですか? いえ、あのさすがに初対面のかたのまえでは、人見知りスキルが発動してしまうのでいないも同然になってしまうと思いますが……」
「初対面じゃないよー、ドイツだよ」
「なんだ、そうでしたか」
 ホッとしたあと、『ドイツ』という言葉を脳内で反芻して、イタリアをまじまじと見つめた。イタリアは柔らかな笑みを浮かべているだけだった。
「……いや、いやいやいやいや無理です無理です私には」
 日本はイタリアから手を引き抜きながら立ち上がり、距離多くように一歩下がった。
「えー?」
「というかですね、その一連のことを、私に話したらだめなんじゃないですかね…、す、すごく危険な香りがするんですが」
「大丈夫大丈夫! ドイツは誰かに言ったら絶交するって言ってたけど」
「ほらぁやっぱり! イタリアくん、私は忘れることにしますから」
「ヴェー? でも、にほんって口硬いから話したことになんないって、ドイツも前に言ってたよ〜?」
「それがいつの話かわかりませんが、その時はその時のことでしょう? 今回はドイツさん自身のプライベートな問題ですから。ドイツさん怒りますよ、こんなこと……」
「ええ〜! そうかな。でも、もう話しちゃった。ヴぇ……」
 うなだれたイタリアに、遠慮がちに話しかける。
「ですから、私は忘れます。それにそもそも、私は、い……色恋の相談に適任とは思えませんし……」
 先ほど聞いたエピソードが、全部ドイツ相手だったのかと思うと、恥ずかしい思いがして、いてもたってもいられなかった。思わず想像しそうになり、自分で頬を叩き戒める。落ち込んでいるイタリアを見て、日本はつい口にした。
「……ドイツさんは、イタリアくんにからかわれていると勘違いしているのでしょう。のってしまったらあとが恥ずかしいですから、冷たい態度なのでは?」
「でも……、ドイツだって、キスしてる時はぜんぜん嫌がってないんだよ。キス好きみたいなのに、なんか、終わると急にそっけなくなっちゃってさみしくて」
「改めてイタリアくんの気持ちを伝えたほうがいいと思いますよ」




つづく
2013.02.7