人には言えない・後編

 あれからすぐ下着を脱ごうとしたが、やんわりと止められる。寝る時でいい、とドイツは言った。ベッドに上がると、イタリアは何故か鼓動が早かった。めずらしく手のひらに汗をかいている。
 きっとお互いに恥ずかしい思いがしたらすぐ寝てしまえるように、そう言ったのだろう。
 イタリアは時間が経つにつれ何故かそわそわしてきて、シャワーまで浴びてしまった。
「じゃ、じゃあ見せるからねー!」
「ああ」
 ドイツはベッドの端に腰掛け、イタリアに向き直った。仕切り直したからいけないのかもしれないが、想像よりも、ずっとずっと恥ずかしい。一体何をやっているんだろうと我に返りそうになったが、ドイツはいたって真剣だったので、今更やめるというのもしらける気がして言えなかった。
 ドイツに恥部が見えるよう、思い切り足を開いた。
「見た?」
「いや…、よく見えない、影になっていて」
 自分でも見下ろしてみるが、おそらく陰嚢が邪魔なんだろう。片手で上へ持ち上げてみた。
「見えた?」
「もう少し、なんというか……仰向けになってくれ」
「そっか、そうだね」
 イタリアは後ろに手をつき、それでも足りない気がしたので、肘を付いた。ここまですると、肛門のあたりが真っ直ぐドイツに向かっている感覚だ。普段こんなところを大っぴらにはしないせいか、やけに下半身がスースーした。ドイツは何も言わず恥部を見つめていたが、徐々に身を乗り出してきて、恥部との距離が頭ひとつ分になると、イタリアはさすがに気になって口にした。
「ね、もう見た?」
「ああ」
 腕の力も抜きほとんど仰向けになっていたが、ようやく起き上がった。股間を隠す。ドイツはベッドから立ち上がり、いつもより多めの瞬きを繰り返した。
「ありがとう、……だが、度が過ぎたな」
 よく通る低い声。
 いつもなら平気なのに、何故だか急に頬が熱くなった。赤くなっているかもしれない…。気付かれるのが嫌で、ドイツの目が見れなかった。焦るほど火照りは収まらず、視線から逃れようと俯いた。
「イタリア」
「う、うん…なに?」
「確認できて、その……すっきりした。良かった、これでもう気になることもないだろう」
「そっかー」
 名を呼ばれても、顔があげられない。
「イタリア……」
 その時、頬に刺激が走った。
「あっ」
 ドイツの手が、頬に触れただけだった。  イタリアは自分が出した声の大きさに驚く。全身を駆け抜けるような震えを感じ、しかし嫌ではない。胸が早鐘のように打つ。ドイツが困惑しているようだったので、慌てて付け加えた。
「ご、ごめん、恥ずかしくなっちゃった」
「……は? 恥ずか……」
 視線を彷徨わせたあとドイツは急に口をつぐむ。しばらくの沈黙のあと、思いついたように言った。
「そうだ、なんだか喉が渇いたな。おまえも何か飲むか?」
「あ、うん、水でいいよー」
「わかった」
 ドイツは部屋を出ていった。イタリアは急いでシーツにくるまり、中途半端に勃ち上がってしまった自身を元に戻そうとする。焼きあがったばかりのピザを、床に落す場面を繰り返し想像していた。
 ドイツが戻ってきたらどんな顔をしよう、そう思うと焦る。
 ドイツは10分ほどで戻ってきた。その頃には下半身はほどんど静まっていた。もう寝てもいい時間だが、何故かドイツはベッドに上がらない。イタリアに水を差し出すと、側の椅子に腰掛けた。
「イタリア、なんだか……悪かったな。急にこんなこと。驚いたんだろう」
「ううん。俺が言い出したんだよー」
「だが……」
「いいんだよドイツ」
「悪いことをした」
 ドイツがそういうので、イタリアは目を丸くした。
「俺平気だよ、ドイツが俺に興味あるなんて、すげー嬉しいんだよ」
「違う、人体への興味だ。とにかく……、もうあまり、じろじろ見ない」
「うん……」
 何故か、ドイツの元気がなくなってしまったように思えた。イタリアはコップの水をちびちちびと半分ほど飲むと、脇のテーブルに置く。妙な沈黙があった。意識しているせいか、いつものようなくだらない話題がでてこない。
「俺寝ていいー?」
「そうだな、じゃあ」
 立ち上がったドイツがベッドから離れようとしたので、イタリアはTシャツの裾を掴む。
「寝よー」
 何度か引っ張るとドイツもコップを置き、しぶしぶといった様子でベッドへ入った。やはりぎこちない。
 ドイツとの距離が縮まればいいと思って提案したことなのに、逆効果だった。自分も変に緊張してしまったし……。見られただけで反応してしまったのは、さすがに恥ずかしかった。
 いつもとほんの少し違うこと。
 そういった新鮮さやドキドキは大好きだけど、ドイツとの間に必要ないのだと、改めて思った。
 叱られずにすんで、そしてドイツの機嫌が良くて、あわよくば少し優しかったら、それだけで最高に幸せな気分になれる。
 ドイツは横になりこちらに背を向けた。その脇に手を突っ込んで、抱きしめた。胸の鼓動、肌の温かさ、いつもの匂い。ドイツは何も言わない。ほっとして目を閉じる。
 手の平を滑らせ胸板へ触れる。抱き枕にやるように、股の間にドイツの片腿をはさんだ。
元からそこにあったように気持よくフィットして、イタリアは満足だ。しかし肩越しにこちらを見たドイツが、怪訝そうな顔をした。あっというまに体を剥がされ、しぶしぶ仰向けになる。ドイツは再び背を向けた。
「ドイツー」
「おやすみ」
全ての明かりが消された。イタリアは何度か寝返りを打った後、口を開いた。
「あのさー、今度俺もドイツの見たいなー!……とか、思うんだけど」
 とくに見たいと思っていなかったが、そう言えばドイツが、会話を続けてくれるだろうと踏んでいた。
 しかし、代わりに発されたのは溜息だった。
「うーんとさ……」
 もごもご唸っていると、ドイツが体をこちらに向けたようだ。  そして、急に腰骨に刺激が走った。
 イタリアは驚いて起き上がり、シーツの上で後ずさると、慌てたせいかベッドから落ちてしまった。肘と胴を床にぶつけた後、急に部屋が明るくなる。
「イタリア?」
「平気ー!平気だから…」
「どこか打っただろ」
「かもね、でもちょっとだし明日でいいよ。もう眠いし」
「そうか」
 イタリアは笑顔を作ってから、ベッドの中へ収まった。再び部屋が暗くなる。
 ドイツはきっと、腰を抱き寄せようとしたのだ。それは冷静になればわかるのに、なんで慌ててしまったんだろう……。イタリアは強く目をつむった。
 ドイツの手がいつもより大きいような違和感があったし、それに熱さを感じたのだ。
 なんだったのだろう。再びドイツの背中に寄り添う気にはなれなかった。かといって仰向けだと、目を閉じているのに視界の隅にドイツの姿があるような気がして困った。
 最後は背を向け、体を丸める。またさっきのように手が伸びてくるんじゃないかとビクビクしていた。決して嫌なわけじゃないのに、動悸が収まらない。なかなか寝付けず、翌朝はやはり寝不足だった。



つづく
2012.09.21