人には言えない・前編

 イタリアには最近はまっていることがある。それはシエスタのとき、何も掛けずに寝ることだった。
 全裸、下着一枚、またはシャツだけ羽織っている時もある。しかしどの状態でも、そこがドイツの家でドイツが在宅の場合、必ずしてくれることがある。
 そっとタオルケットをかけてくれるのだ。かけたあと、ゆっくり二、三度肩を撫でる。その仕草も大好きだった。幻想かもしれないが、好意のようなものを感じる。その証拠に、この件に関して、ドイツはあまり厳しく叱ってこなかった。文句を言いつつも、やりとりを楽しんでいるように思える。
 イタリアはその瞬間のために、寒くても我慢して実行していた。少しの嫌なことは、ドイツと会えばだいたい忘れてしまう。さらにこれが始まってからは、好意が形に見えるから安心したし、以前よりも一段階、親しくなれた気がした。
 しかしある日曜のこと。
 裸でソファに横になりうとうとしていると、タルトの生地をオーブンに入れたらしいドイツが、リビングに入ってきた。ソファの正面で足音がとまる。バニラの甘い香りが漂ってきた。だがそれからドイツは動く気配がない。何故かずっとそこに立ち止まって、見下ろしているようだ。
 気になったが、この状態で眼を開けたら気付かれてしまう。起きているとばれたら、きっと文句を言われるだけだ。イタリアは寝たフリを続けた。
 雨が続いていたせいか、6月にしては寒く長袖でもいいような気温だ。早く何か持ってきて掛けて欲しい……。イタリアは想像して楽しんだ。肌に触れる柔らかい繊維の感触や、温かさ。ドイツとの、特別な儀式のようにすら思っていた。ドイツが自分を気にしてくれているとわかる。それが嬉しかった。
 またうとうとしかけたころ、ドイツに動きがあった。ソファに座ったのだ。イタリアが足を折り曲げている、そのすぐ横に。
 そして、ドイツの手が足の甲に触れた。とても温かかった。イタリアはとりあえず寝たふりを続けてみたが、ドイツは動かずそっと触れているだけだった。
(どうしたのかな、ドイツ……)
 さすがに気になったが、どうやって起きようか迷う。ドイツが立ち上がるのをきっかけにしようと思ったが、なかなかその時が来ない。
 ドイツも寝ているのだろうか。しかし、だったら手の位置も変わりそうなものだ。
 一瞬なら…、そう思って薄く眼を開けると平気だった。見えたのはいつも通りのドイツだったが、何故か尻のあたりを凝視していた。なので眼が合わずにすんだのだ。
(なに見てるんだろドイツ。だから何も掛けてくれないのかな?)
 ドイツが自分の尻を見ているのだと思うと、むずむずと気になった。ドイツが尻を見ていた理由について、イタリアには思い当たることがある。
 ドイツには隅から隅まで体を見せているような気がしたが、股の間だけはなかった。一緒に風呂へ入っても、開かなければそんなにしっかり見える部位ではないからだ。研究熱心なドイツのことだ、唯一見ていない体の部位が、どんなふうか気になるのだろうか……。
 そろそろ本当に寒くなってくる。どうせなら足の甲に触れるだけでなく、抱きしめて温めてくれたらいいのに。
 寒さに鳥肌が立ってきて、もう口に出そうかと思ったその瞬間、ドイツは立ち上がった。ソファを離れ、しばらくすると戻ってくる。ようやくイタリアの上には、ふかふかのブランケットが掛けられた。足先から肩まで覆うと、いつものように軽く撫で、そして足音はキッチンのほうへ消えていった。
(あったかーい……)
 思い切りくるまると、全身に広がる気持ちよさにうっとりして笑みがこぼれる。ドイツの視線については、おやつの時に遠まわしに尋ねてみよう。
 ゆっくりと息を吐く。外は小雨だけれど、肌触りの良いブランケットに、お気に入りのクッションがある。キッチンからは食器を洗う音がする。それに、焼き菓子の甘く香ばしい匂い。とても気分がいい。イタリアはすぐに、眠りの淵に引きこまれていった。

***

「ドイツって、俺のお尻もっとよく見たい?」
「ゴフ…ゴホッ!ゴホッ……!!」
 ソファに座り、出来上がったフルーツタルトを口にしたドイツが、急にむせはじめた。イタリアは隣に移動して優しく背をさすった。
「大丈夫ー?」
 何か気管に入ってしまったのか、ドイツはしばらく咳き込んでは、コーヒーで喉を潤している。やがて落ち着くと、イタリアから一人分距離を置くようにずれて座った。
「別に、そんなもの見たくない」
「間違えたー、股の間だよ」
「もっと見たくない」
「ヴェー、でもさっき見てた……、あ、言っちゃた!」
 鋭い目で睨みつけてきたドイツに、なんとか弁解しようと焦る。
「さっき、シエスタしてるときにさー、一瞬目が覚めたら、ドイツが見てたんだよ。だから……。でも俺別に、変じゃないと思うよ。だって俺だって自分の股の間ってよく見えないし、人のだって見たことないし、興味あるもんね」
「そ、そうか…?」
「うん、ドイツってさー研究熱心じゃん。だから余計にじゃない? 俺ってよく裸になるから、ほとんど体見られてるけど、さすがに股の間はないもんね。だから気になるんだよー」
「なるほど……。一理あるな」
 ドイツは深く頷いた。
「正直、何故こんなに気持ちになるのか、わからなかったんだ。自分がおかしいのかと。俺達は同性だし……」
「うんうん」
「そうか、そんな単純な理由だったのか。思いつかなかった。おまえはやはり、思考が柔軟なんだな」
 ドイツは安堵の息を漏らした。若干表情が緩んだので、イタリアは嬉しくなる。つい勢いでそのまま口にした。
「俺の見る?」
 一蹴されるかと思ったが、意外にもドイツは真面目な顔で、小さく頷いた。
つづく

つづき
2012.08.01