「い……イタリア、待て、どうした」
 唇を重ねてから何度目かで、ドイツに肩を押された。なだめるようにうなじを撫でられ、イタリアはまばたきをしてドイツを見返した。どうしようもなくキスしたくなって、いつものように頬にしたのでは足りなかった。腰を寄せると、ドイツが嘘を言ったのだとわかる。イタリアがわざと躰を密着させると、狼狽えるのを感じた。
「……キスしていい?」
「もうしただろう。落ち着け、離れろ」
 近づけた顎を掴まれて、押しのけられた。
「もう怒っていないから……。部屋にもどるといい」
「でもさー……、勃ってるよ」
「わかってる。俺は俺でするから、お前は出て行け」
「そんなのずるいよー」
「ずるいとは何だ」
「俺もおまえの触ってみたい」
「ばかもの。ほら退け」
 ぐいぐいと胸を押され、簡単に躰は離れた。
「なんだよう」
 意思の疎通が出来ていた気がしたのに、拒絶されてイタリアは困惑する。何度か触ろうと挑戦してみたが、ドイツは頑なに拒んだ。力ではかなわないとわかっている。
 イタリアはあきらめるしかなかった。今までの流れから、もっとスムーズにいくものと思っていたので、何故か少し胸が痛んで、目頭が熱くなった。
「なんだよぉ……おまえが来いって言ったじゃん」
「すぐに出て行かないからだろう」
「ずるいよ」
 イタリアは繰り返す。
「ずるいよ。おまえばっかりそうやって……選べるんだから」
「……選べる?」
「そうだよ」
「どういう意味だ」
 イタリアをじっと見つめてくる。つい漏れた言葉に真剣に反応されて、イタリアは戸惑った。
「だから……、えっと……。俺はおまえのこと、押し倒したりできないし」
 ドイツの眉間に深いしわが刻まれた。胸の奥がひやっと冷たくなる。不穏な空気を感じ取り、イタリアは早々に逃げてしまおうと、持って来た毛布を掴んでベッドから降りた。
「待てイタリア、話を戻そう。そもそも人の部屋に……入るのにノックもしないというのが問題なんだ、違うか?」
「だって」
 言い返す言葉が無く、イタリアは眉尻を下げ、口を尖らせる。
 きっと特別な友達≠セから許されているのだろうと考えていた。イタリア自身、ドイツとの仲は一番親密だと感じていたし、いざというとき側にいてほしいのは彼だった。ずいぶん甘えてしまっているけれど、それはドイツが受け入れてくれるからであり、そこまで一方的な気持ちではないと思っていた。
 ドイツは頼れるが、それ故に力でも言葉でもかなわない。イタリアの助言でドイツが考えを変える事はごく稀だ。その頑固さは、微笑ましいと思う事もあるけれど、口論になると本当に手強かった。イタリアも、自分が悪いと思えばすぐに泣いてでも謝るが、今回はどうしても納得ができずに粘った。
「だって……」
「……何がずるいんだ」
 ドイツは狡いと言われた事が気に入らないようだ。言葉を撤回させようとしているのを感じた。
 悔しいが、ドイツを責める気持ちがあるだけで、何がどう狡いのか、上手く説明できそうもなかった。イタリアは苦し紛れに付け加えた。
「明日プロイセンに相談する……」
「おい」
 ドイツもベッドを降りて後をついて来た。ドアノブを掴もうとした手を、痛いほどの強さで横から掴まれた。そのまま振り向かされる。
「どうして兄さんが出てくるんだ」
 イタリアは黙っていた。泣きたくなかったがもう我慢の限界で、うつむいた拍子に、目の縁にたまっていた涙が、ポロポロと床に落ちていった。
「味方になってくれるからか? そうだろう。だが、これは兄さんが干渉するような問題じゃない。言うなよ」
「俺が悪いんっ……、でしょ……。なら話したっていいじゃん」
「いい加減にしろ。前から思っていたが、おまえは俺との事で不利になるとよく兄さんを頼るが、それこそ卑怯じゃないか。勘違いしているようなら言っておくが、俺は兄さんが相手でも意見は通すし必要があれば怒鳴るし、きつい事だって言うんだ。おまえがあまり目にしないだけだ」
「そんなこと……おれ……」
「だいたい! おまえは……」
 イタリアの頬が、拭った涙でぐっしょりと濡れているのを見て、ドイツは責め立てるような早口を、徐々に緩めた。
「……勝手にしろ」
 言葉も無く目の前の躰に抱きつくと、抱き返してはこなかったが、文句は言われなかった。
 イタリアは安堵し、震える胸を押し付けた。


つづく