「最低だな……」
「ドイツ、俺なにもきいてないから」
 言ってしまった後に、イタリアは間違えたと後悔する。これでは聴いたといったようなものだ。
「もう行け」
 まるで抑揚のない冷たい声を聴き不安になる。ドイツが無言でも、一人喋り続けた。
「わざとじゃないよー……。信じてくれるよね」
「今のは驚かそうと思ってただけで……」
「普通のことだよ。俺もするし……あっ、ちゃんと言ってくれれば来ないからね」
 いい加減切なくなって来た頃に、ドイツがため息交じりの声を吐いた。
「何故おまえにいちいち報告せねばならんのだ。いいから、一旦出てくれ」
 こんなに気まずいまま出て行ったら、明日どうやって話しかけたらいいのかわからない。ドイツの視線が痛くて、イタリアは唇を噛み締めうつむき、床を見つめた。
 自分が悪いけれど……、一週間のなかで、何もこの日にしなくてもいいじゃないかとも思った。張りつめた空気にイタリアがついに折れそうになったとき、ドイツが口を開いた。
「だったら来い」
 驚いて、顔をはね上げた。見ればドイツの硬い表情は変わらないし、声色も冷たいままだった。近寄れば、何か仕置きをされそうな雰囲気だ。だが出て行かないなら、ドイツのもとへ行くしかない。
 イタリアは肩まで毛布を羽織り直して、おそるおそるベッドに腰掛けた。近くまで来てよく見ると、ドイツの表情はそこまでひどくない。緊張してこわばっていたが、瞳の中にいつもの優しさを感じ取り、胸を撫で下ろした。
 これなら機嫌を取れると思ったのもつかの間、ドイツの腰部が目につく。ふとんをかぶっていて状態はわからないが、途中で邪魔したわけだから、中途半端な事になっているだだろう。
 始末をしたいから、だから出て行けと言ったのだ。イタリアはそこでようやく気づいた。
「イタリア」
「……うん! なに?」
「俺ばかり見られて、不公平だろう」
「そう思う……?」
 さっき考えたように、ドイツもそこを気にしていたのだ。そっとドイツの手を取り、イタリアはなんとか微笑んだ。
「んーとね……、俺、別にドイツになら見せてもいいかなって思うんだ。あ、今見ちゃったからとかじゃなくて、わかんないけど……」
「俺も、もちろんこれは単なる興味だが……」
「いいよ。ね、でもさ……、終わった後に見たくなかったとか言わないでね」
 ドイツは返事とともに頷いた。イタリアは両足をベッドの上にあげた。ゆっくり股を開いて、中心に手をやる。恥ずかしかったが、幸いにもランプを背にしていたので、局部は影になりはっきり見えなかった。
 ドイツは自慰を見られたことに傷ついているだろうから、これは和解の為に必要な行為だ。見せれば、きっとこんなものかと思うはずだ。イタリアはなんとか自分を奮い立たせた。
 だが恥ずかしいことには変わりない。
 擦るうちにどんどん顔が熱くなってきて、ドイツのほうが見られなくなってしまった。もっと何でもないように軽くやりたかったのだが、無理があったようだ。耳まで熱い。
ドイツは無言だった。イタリアは小さく呟いた。
「ドイツ、なんか言って」
「なっ……なんだ」
 思い切って右を見上げると、同じように狼狽えているドイツの顔があった。
「黙ってないでなんか言ってよぉ……恥ずかしいから」
「特に……言う事なんてない」
「これじゃ、なんかこういうプレイみたいだよ〜」
 イタリアは集中できずに、おざなりに手を動かしていた。これではいつまでかかるか解らない。
羞恥と行為の空しさに、うつむくと涙がこぼれた。そして、自慰をみられてしまったドイツの気持ちを考え、同情した。怒られて当然であるのに、違う日にやればいいのに、なんて考えてしまったことを、おおいに反省する。
 イタリアはついに手を止めた。半端に勃ち上がろうとしている自身がなんだか惨めで、隠すようにドイツに背をむけ、床に足を下ろした。
「おい」
「ごめんね、やっぱり無理だったので、部屋に戻ります……」
 急にドイツの腕が伸びてきて、イタリアの腹部をつかんだ。そのまま強く引き寄せられる。
イタリアが驚いて後ろを振り向こうとすると、それより早く股間に手が伸びた。初めての感触に躰がこわばり、息が詰まった。
「手を出せ」
 わけのわからないまま、イタリアは手のひらをを胸の前に持ってくる。それを掴まれ、自らの竿を握らされた。そしてその上から、ドイツの大きな手が包むように握った。
「ヴェ……? あの、……俺」
 動きが始まるとイタリアはただ耐えるしかなく、変な声がでないように奥歯を噛み締めていた。だが、激しくなってくるとそれもままならず、息があがってしまい、半開きの口から、自然と呻きが漏れだした。耳にキスされて、イタリアは肩をすくめた。振り返って何か言いたかったが、それどころではなく、すぐに意識が下半身に戻った。
 直に触れているのはほとんど自分の手だったが、まるで力を入れていないので、動きはドイツのものだった。ものの数分でイタリアは果てた。ドクドクと、体中が脈打っている。先端から吐き出されたものは、ドイツの手のひらがほとんど持って行った。そこからこぼれたものや、イタリアの体に付着したものは、すぐに布で拭かれた。
「恥ずかしかったろう……。これでもう許してやる」
 イタリアは振り返った。背面という角度の為しっかりとは見えなかったが、視界のすみに映ったドイツの顔は、今の台詞とはかけ離れた表情をしていた。
「とにかく……夜だからといって、ノックもせずに入ってくるな。わかったな。それで解決する」
「うん……でもドイツは? さっき、途中だったじゃんか」
「もう萎えた」
 ドイツはそう言ったが、イタリアはすぐに体ごと振り返って、強く首元に抱きついた。
「ほんとに?」
 見つめ合うと、ドイツがごくりと唾を飲み込んだのがわかった。イタリアは思う。自分は微かな声を聴いただけで、顔は見ていないし、触ってもいないし、耳にキスもしていない。これではあまりにも不公平だと。

つづく