Gesundheit3

 イタリアは、ドイツの肩に額を預け、静かにしていた。
 さっき言われた言葉があとから堪えてくる。恋人であるのに、してもしなくてもいいだなんて、そんなこと、本当にあるのだろうか。だとしたら、関係を見直さなくてはならない。自分の体は、そんなに魅力がないのだろうか。再び抱き合いたいと思うほど、気持良くはないのだろうか。
 それならば、納得いくことがいくつかある。
 ちょっとしたことでお預けになったり、ドイツからのアプローチがないこと。
 また、激しいセックスにならないのも…。こんなに好きなのに、やはり、男同士ではだめなのだろうか。
 イタリアは経験こそ少ないが、精一杯奉仕していたつもりだった。会えない間、ほとんど毎晩ドイツを想って自慰をしていたが、途端に、とてつもなく恥ずかしいことに思える。
「セックスに関して、俺も考えていることがある……」
「俺もある……!!」」
 イタリアは顔を跳ね上げた。拳ひとつほどの近さでドイツを見つめる。ドイツがなかなか言い出さないので、イタリアは気持ちが急いてしまい、我慢できず先に言った
「俺、ベッドじゃないところでもしてみたい! こことか、ソファとか……あと庭とか!」
「ばかもの」
 ドイツは顔を赤くして、イタリアの頬をつねった。
「誰が後片付けすると思っているんだ!」
「庭なら大丈夫だよ〜」
「虫に食われるぞ」
現実的な返答に、イタリアの気持ちもしぼんでいく。
話だけで終わってしまってもいい。ドイツはそんな気持ちにならないのか聴いてみたかったが、どうやら思い通りの言葉はもらえないらしい。
つねられた頬に手を当て、体を引いた。だがどうしても離れたくなくて、半分ドイツの膝に腰掛けている。
「お互いに少しは慣れてきたと思うが」
「うん」
「おまえが庭でやりたいと思い始めたように、俺も希望があるんだ。あくまで……、希望だ。嫌だというなら絶対にしないから安心しろ」
「……何?」
「……ったりとかだな、そういう」
「ヴェ??」
「縛ったりだ」
「俺を?!」
 イタリアは思わず声をはってしまった。ドイツはよっぽど気まずいのか、すぐに視線を逸した。
「お、驚いているだろう」
「うん……。そういうの好きなの知ってたけど、でも……俺を縛りたいの?」
 イタリアは、もう一度しっかりとドイツの腿上に跨った。目の前の喉仏が上下する。
「これは好奇心で…、毎回そういうことをしたいと、思っているわけではないのだ。だいたい、お前が嫌だろうということは、わかっているし……」
 縛ったり、というからには、他にもSMプレイがしたいのだろう。イタリアは正直興味がなかったが、これを受け入れることで、ドイツとの間に変な遠慮がなくなるのなら試してみたかった。
「いいよー! 一回くらいなら」
「本当か」
 ドイツの顔が、心なしか明るくなる。イタリアはその顔を真近で見て、胸が高鳴った。
「でも、あんまり痛いのはやだよー」
「わかってる。優しくするから……」
 ドイツはイタリアの顎を掴み、長めに口づける。その指先が首筋に触れただけで、身震いをした。
「……ずっと、言おうか迷っていたんだ。助かった」
 ドイツはほっとしたのか微笑んでいた。イタリアもつられて笑顔になる。
「そうなんだー」
 道具もあるだろうし、部屋でないとSMは難しそうだとイタリアは思う。ドイツはそういった行為になだれ込む機会を、ずっと伺っていたのかもしれない。
「今度しっかり準備しておくから…、よろしく頼む」
「うんうん、わかったぁ」
「それと、ついでに聞いておくが」
 ドイツはわざとらしく咳払いをした。
「おまえは、どうなんだ……」
「ヴぇ……」
「その、感じとしては……」
 歯切れが悪く、めずらしくぼそぼそと喋っているので、イタリアは首を傾げた。
「ドイツのでかいよね」
「そっ……、そういうことでなくてだな」
「なに?」
「どういった具合なのかと、思ってな……」
「ドイツってあんまり自分の見ないの? じゃあ今見ようよ! ねっねっ」
 イタリアが嬉々としてドイツの前部分に手を突っ込むと、ドイツが慌ててその手首を取った。
しかし時すでに遅しで、完全に形を成しているものが、スウェットのゴム部を押しのけて、腹の前にそそり立っていた。
「わぁ」
「あのな、俺ではなくておまえが、どう……いうふうに。だから、気持いいのか、良くないのか……!」
「俺のこと?」
 気持ちいいと言ったことがなかったかと、イタリアは思い返してみる。毎回言っているような気がするが、朦朧としていて確信はない。
「あたりまえじゃんか、すっげー気持ちいいよー! どうして??」
「いつも泣いているから……」
 イタリアは意外な返答に笑った。まさか、泣いているから嫌がっていると思われていたのだろうか。
「俺…、ドイツかわいいなぁって思ってると、なんか切なくって、泣いちゃうんだよー」
「なんだそれは…」
「あと、すげー気持ちいいときも泣いちゃうけど」
 ドイツは息を吸い、大きなため息を付いた。しばらく項垂れたあと、掴んでいたイタリアの右手をそっと離す。
「……庭か。あとで文句を言わないなら」
「ううん、俺どうしても庭ってわけじゃないよー。ちょっと待ってて」
 イタリアは、冷蔵庫の隣にかけられている、ドイツの青いエプロンを掴んで、廊下へ出た。
手早く全裸になり、そこへエプロンだけを身につけた。直接肌に触れる機会の少ない、ガサガサとした厚く丈夫な生地だ。ひんやりとしていたので、その感触に小さく震える。腰の後ろで紐をゆわって体を見下ろすと、改めて不自然な格好だと思った。
 イタリアは、ドイツの部屋で見つけた雑誌の中に、裸にエプロンを着たコスチュームのものもあったはずと思い出したのだ。慌ててキッチンへ戻ると、目を丸くしているドイツに抱きついた。照れ屋だから、もうこのエプロンは使ってくれないかもしれない。
「ここでセックス希望であります!」
「う、うむ……。そうか。仕方あるまい」
 イタリアはドイツの腿の上へ横向きで腰掛け、頭をドイツの首元に寄せた。
 ドイツの骨ばった長い指が、エプロンの脇から侵入し、胸や腹をそっと撫でた。体がずり落ちないように、しっかりと腰を抱いてくれている。イタリアはそれだけで、居場所を与えてもらったようだと思えた。安心すると、また少し鼻がむずむずしてくる。
「ドイツ……、今俺がっ…、くしゃみしてもっ……すきっ…くしょい!!」
 ドイツが咄嗟に、テーブルにあったタオルでイタリアの口を塞いできた。目が合うと、妙な沈黙がある。ドイツが口を開こうとしたので、イタリアは先手を打った。
「ベッドですればいっか?あったかいしね……!」
「うむ……、そうだな」



つづき
2011.10.27