Gesundheit

「あ……、ぶえっくしゅん!」
 大きく体を震わせくしゃみをすると、ドイツの手が止まった。
 鎖骨のあたりまでたくし上げられていたTシャツは、不自然なシワを残したまま、肌に沿ってゆっくり広がった。ドイツは手をついて上半身を起こし、ベッド脇のティッシュをつかんでイタリアの顔を拭った。
「ありがと…」
「Tシャツでうろつくからだ」
「だってドイツんち、もう暖房ついてるなんてびっくりしたよー」
「昨日の朝とても冷えたからな」
「そっか……、ぶえっつくしゅう!!」
 すかさずドイツの手が口元を塞いでくる。
「寒いのか?」
「ううんー、ぜんぜん」
 一呼吸置き落ち着いたところで、ドイツはティッシュを壁際にある紙くず入れへ投げた。しばらく見つめられ、静かにしていると再び手が伸びてくる。
 ベルトを外されズボンは膝まで下り、ドイツが覆いかぶさってきた。
 イタリアは期待に胸を膨らませ、膝頭をドイツの太腿へ擦り寄せた。しかし、そのあたりで、また鼻上がむずがゆくなってしまう。
「っくしゅ!」
 少し我慢したが、堪えきれずくしゃみが出てしまった。ドイツが険しい顔で見下ろしていて、イタリアは慌てて笑顔を作る。
「風邪じゃないよー」
「だったらなんだ」
 ドイツはそう呟きながら、今さっき下ろしたばかりのズボンを引き上げ始めたので、イタリアは嫌な予感がした。はだけていた胸元のTシャツも、ぐいと臍の下まで戻される。
「ヴェ…あれ……」
 ドイツはあっさりベッドから下りてしまった。
「温かい茶を入れてやるから、下へ行くぞ」
「そのあとですか? 隊長……」
「今日は茶を飲んだら、大事をとってすぐ就寝するように」
「ヴェエー?!」
 ほぼ3週間ぶりの絶好の機会に、こんなことを言えるドイツの理性は本当にすごいとイタリアは思っていた。そして愛を疑ってしまう。すぐにベッドの端から手を伸ばし、後ろ背の裾をつかんだ。それを予想していたかのようにドイツは振り返る。
「風邪の予兆があるときは、早く寝るに限る。睡眠時間を多めに、それが鉄則だ」
「じゃあ明日の朝ですか?」
「様子を見てな」
「今やりたいです!」
 イタリアはベッドから慌てて降り、裸足のまま脇腹にタックルする勢いで抱きついたが、ドイツはびくともしなかった。
「行くぞ」
 そのまま抱え上げられそうになり、イタリアはしゃがみこんで抵抗する。
「やだよおおお! 今しようよ?ね、ドイツ…」
 ドイツはやれやれと膝をつき、同じ目線の高さになった。イタリアが首へ抱きつくと、ドイツがたじろぐ。
「俺風邪なんてひいてないよー……。もしひいてても、ドイツがずっと好きーって言ってくれれば治っちゃうから」
「ば、ばかもの…」
 ドイツが一瞬目を閉じ、不機嫌そうに唸った。照れ隠しであることがイタリアにはわかっていたので、もう一押しとばかりに、首筋から耳にかけて優しくキスをする。
「今日楽しみにしてたんだ」
 顔を離し、イタリアは渾身の好意を込めドイツを見つめた。
「本当になんともないのか?」
「うん、大丈夫……」
 ドイツの腕が胴にまわると、イタリアはようやく安堵した。手のひらがゆったりした動きで背を撫でる。力を抜いてドイツにもたれ掛かっていると、再び両目の中央がむず痒くなり、思わずきつく目を閉じて、ドイツの肩に押し付けた。
 ほんの少しの刺激でくしゃみが出てしまいそうだった。なんとか堪えていると、目頭が熱くなり、ついには生理的な涙が出てきた。それを隠すよう俯いて静かにしていると、ドイツの手がそっと後頭部に触れる。
「こんなことで泣くな……。なんなら、…来週におまえの家に行っても」
 イタリアは驚いて咄嗟に顔を上げる。
「あ、俺泣いてるんじゃないよ…! ………ヴェ……ヴェっくしょい!!」
 咄嗟に顔を横に背けて、ドイツへの直撃は免れた。だが未だくしゃみにむずむずしていると、目の前から大きなため息が聴こえた。
「まっ……紛らわしいやつだな……! なんだ、結局風邪なんだろうが」
「違うよー!」
「寒いのか?」
「ううん」
「暖めてやるぞ」
「寒い!」
 思い切りドイツの胸に飛び込むと、すぐに腰を掴まれ、抱え上げられてしまう。ドイツはそのまま部屋を出ようとしていた。密着していると胸がポカポカと温かくて、あまりの心地良さに、だいたいのことはどうでもよくなってしまった。だが一度の火の点いた性欲だけが消えない。
どうにかして襲ってしまおうとイタリアは考えた。

つづき
2011.09.29