友情/ご褒美

 イタリアが髪を拭きながらベッドに腰掛けたところで、ビールを片手にドイツが入ってきた。ドイツもシャワーを浴び、服を楽なものに着替えている。ジョッキを渡されイタリアは喜んだ。口をつけて四分の一ほど飲んでから、笑顔でドイツを見上げる、
「うまいねー!」
「だろう? ……まぁ、おまえも今日はよくやったほうだ」
 ドイツは、褒めること自体が久しぶりすぎるせいか、少し照れていた。今日は二人きりの訓練だったが、イタリアは思いのほか真面目に取り組んでいたのだ。
「疲れたか?」
「うんー」
 足をぶらぶらさせイタリアが正直に応えると、ドイツは優しく微笑む。
 イタリアもドイツの表情につられた。いつもより少し真面目にやって、こんな待遇を受けられるのなら、つらいこともなかなか悪くない。ドイツはビールを飲み干すと、空のジョッキを机に置いた。
「おまえ、替えの服は持ってきたか?」
「えっ、ないよー」
 イタリアはいつものようにシャツ一枚しか羽織っていない。ドイツはクローゼットをあけ、イタリアに下着を五枚渡した。寸分の狂いもなく揃い重なっている。
「おお……! あれ……、見たことある」
「全部おまえが忘れていったやつだからな」
「うはーごめん」
「まあいい、履け」
「でももう寝るよー?」
「横になれ、揉んでやるから」
 イタリアは五枚の下着を手のひらに乗せたまま固まった。クローゼットを閉め振り返ったドイツは、怪訝そうな顔をしているイタリアと目が合う。
「疲れたんだろう」
 イタリアが何を躊躇っているのかようやくドイツは察知して、早口で言った。
「マッサージするということだ。別に変な意味はない」
「あ、そーなんだ。ドイツってそういうのも出来るんだねぇ。やってやってー」
 イタリアはすぐにパンツを履き、ベッドの中央にうつ伏せになった。ドイツもベッドへ上がり、力をかけられるように膝立ちになった。
 肩の中央から、両手の平を重ね押し始めると、すぐに奇妙な声が体の下から漏れる。
「い、………息できない」
「ああ、すまん」
 力を弱めて続けると、イタリアはおとなしくしていた。しかし、背骨にそってゆっくり腰のあたりまで下ってくると、とたんに足をばたつかせる。
「わあダメだ〜、俺、そこくすぐったい」
「くすぐったいだと? こんなにしっかり押してるだろう。もう一セットやるから我慢しろ」
 ドイツはできるだけ覚えている手順を飛ばしたくなかった。まだ先は長い。もう一度肩まで上がり、また下ってくるが、やはり腰の上部にさしかかるとイタリアが抵抗する。
「おい、じっとしてろ」
「ねー俺、無理だって! もうやんなくていいよう」
 ドイツはその一言に意地になってしまった。専門ではないけれど少しは自信があったし、なにより、こうやって親切でイタリアに言いだすのにも、けっこうな勇気を使ったのだ。
「落ち着け。しばらくすれば慣れる」
 押すのが嫌なのかもしれないと、ドイツは腰から肩にかけて強く擦り始めた。しかし、イタリアの体から一向に力が抜けない。やればやるほど肩がすくみ、ついには起き上がろうとする。
「ぎゃああ無理! 無理だからぁ!」
 好意が無に帰された気がしてしまう。ドイツは逃げる体を上から押さえつけ、続けようとした。
「イタリア、動くな」
「やだやだ、もう終わりでいいよ〜!」
 あまりに暴れるのでとうとうドイツは手を離した。イタリアはすぐに体の下から這い出て、ベッドの端まで逃げる。
 今日のイタリアはいつになく頑張っていた。ドイツは、いつも自分が耳にタコができそうなほど言い聞かせていることをようやく理解してくれたのかと、そう感じたのだ。なので、たまには甘やかしてもいいと考えた。こうも拒絶されると思わない。
 イタリアは静かに俯いたまま、顔を上げなかった。
「どうした?」
「勃っちゃった……」
 ドイツは返す言葉もなく、呆然とイタリアを見つめた。イタリアは眼も合わせずにベッドを降りる。そして少し前屈みでドアまで歩いて行く。部屋を出るときチラと振り返って、口を尖らせて言った。
「もー、ドイツのせいだからね!」
 しばらくして、隣の客室のドアが閉まる音がした。
 ドイツはこめかみに手を当て深呼吸をして、ベッドから足を下ろした。ナイトテーブルの上に、イタリアが半分ほどで飲み残していたビールがある。残りを一気に飲み干してしまうと、仰向けにベッドへ倒れ込んだ。顔が紅潮しているのは、湯上がりのアルコールのせいだけではない。

 どのくらいそうしていたかわからなかった。
 考えていても仕方が無いと、ドイツは起き上がり二つのジョッキを持って部屋を出た。台所に置きに行き、ついでに歯も磨いて、再び自室の前まで戻ってくる。隣をノックしようかその場で五分ほど迷った。
 部屋に入りため息をつくと、ナイトテーブルのランプだけ残して、ベッドに潜った。
 読みかけの本を開いたがなかなか集中することができず、それでも少しねばってから、あきらめて本を枕元に置いた。
 もう寝よう、そう決め、ランプに手をのばしたところでドアがノックされる。イタリアだった。
「もう寝る?」
「あ、ああ……」
 イタリアはさっきと違う色だったがちゃんとパンツを履き、シャツを羽織っていたのでホッとする。迷うこと無くベッドに上がってきたので、ドイツは戸惑った。押しやられるままイタリアの為に場所を空ける。
「ふうー……」
 潜り込み頭を寄せてくる。さっきのことなどまるで無かったような振る舞いだった。しかし一言も謝らないのはおかしいと、ドイツは口を開いた。
「悪かったな」
「うんいいよー、大丈夫」
 言いながら今度はもっと近寄ってきて、堂々と肩の上に頭を乗せた。
「俺もごめんね……。ありがとー! でも俺、ご褒美ならキスでいいよ」
                
                    2010.11.04