友情/のんのんおにいさん


「ちょっと過保護すぎるんじゃない」
 フランスは顎に手をやるポーズで立っていた。ドイツが無言で睨みつけると、足を交差させ、にこりと笑う。
 たった今、席を立ちトイレに向かったオーストリアとの会話を聴かれていたのだ。ロビーなので会話を立ち聞きした等とは責められなかった。フランスは焦らすようにゆっくりとした足取りで近づいてきて、今までオーストリアが座っていた一人がけの深い椅子に腰掛け、足を組んだ。
「そんなに一から十まで心配してやる必要ないだろ」
「一から十までなんて、そんなつもりはない。……足りないところを、助けてやっているだけだ」
「そうかねぇ……。オーストリアは保護者目線だってわかるけど、おまえのはさぁ……。周りは言わない? もう見慣れたってことなのか。まあ、愛の形は自由だけど」
「ばかな。言いがかりはよせ。おまえはすぐにそういうことに結びつけようとするが、誰も彼もが自分と一緒だと思うな」
「愛はないって?」
「おまえが想像するような愛はな。俺はそっちのけはない、これっぽっちも」
「ふうーん、だったら、どんな愛ならあるわけ」
 ドイツは答えたくなかったが、黙っていてもフランスは去らない。視線が気になり無視することもできない。
 そしてオーストリアも戻ってこないので動くことができなかった。理由もなく席を立つのは、まるでフランスに言い負かされて逃げるように思え己が許さない。
「もちろん、友情だ」
「真っ赤になってよく言うねぇ」
 ドイツは顔を上げ、立ち向かうようにフランスを睨んだ。
「一体何を言わせたい」
「必死に友情と思い込もうとしているお前の姿が、滑稽で仕方ないのさ」
「俺の気持ちが一番わかっているのはこの俺だ」
「しょっちゅう一緒に風呂入ってんだろ、んで一緒に寝て? なんにもないって?」
「うるさい。とにかくお前が思うようなことは一切ない。思い込もうとしているだと? 俺は友情しか感じていない」
「依存してるだろ、イタリアに」
 ドイツは立ち上がり、テーブルを避けてフランスの前へ踏み出した。
 フランスは相変わらず口元に薄い笑みを浮かべている。ドイツの口から侮辱的な言葉が飛び出そうになった瞬間、フランスの背の向こう、もう一組のソファセットの背もたれに見慣れた茶色い頭を発見した。
 隠れているようだが、少しだけはみ出ている。 座っていれば死角になっていた場所だ。ドイツは一度はっきりとそちらに視線を流し、再びフランスと目を合わせる。
「どういうことだ」
「いやー……親切心」
「面白がっているだけだろう」
 ドイツは座っていたソファに戻り、置いてあった自分とオーストリアの荷物を片手で持つ。ツカツカと靴音を立てて歩き、標的のいる一つ向こうのソファセットまで歩いた。隠れたのかそこから姿は見えなかったが、ドイツは低い声で言う。
「行くぞ」
 一言で隣までやってきたイタリアは緊張した様子だ。怯えているのだと一目でわかる。ドイツは今にも怒鳴りつけそうになっていた気持ちを鎮めた。場所が場所だ。
「あんなやつの口車にのるな」
「えーっと……」
 イタリアは何か説明しようとしていたが、うまく言葉にできないようだった。
「口車だなんてひどいー、お兄さんショック」
 声に左を見れば、フランスが背もたれに肩を預け、振り返ってにやにやとこちらを見ている。
「そうそう、別にフランス兄ちゃんは悪くないんだよ」
 ドイツはトイレに向かって歩き出した。イタリアも慌てて追いかける。
「じゃあおまえが悪いのか、おまえがフランスにああ訊けと頼んだのか。自分は隠れて聴き耳を立てて」
「そんなんじゃなくて」
 イタリアの様子から、悪気があって企んだことではないのだと充分に見て取れたが、ドイツは気が済まなかった。そしてイタリアの真意を測りかねていた。
「その……、あれか……おまえは」
 右を歩くイタリアに目をやると視線が合い、ドイツは先に逸らす。
「結局何が聞きたかったんだ。こんな回りくどいことをしなくても……なんでも直接聞くだろう」
「ドイツは他の人に俺のことどう話すのかなぁって……心配になっちゃって」
「別に、俺は特別扱いしているわけではない。他より少しだけ気にかけている程度だ。神に誓ってその他の感情はない。おまえも、俺が……、友情と思い込もうとしていると……そんなふうに思っているのか」
「えっと……、あー……あのね。俺そっちの声ぜんぜん聞こえなかったんだ。隠れるように変な姿勢で座ってたから、向かいに居た女の子達が、笑いながらこっち見ててさ。俺のこと話してるみたいだったから目が合うし、気になっちゃって」
 いっそう険しい表情になったドイツを見て、イタリアは焦る。
「ねえ、友情って……思い込もうとしてるっていうのは? それってどういう」
 イタリアは一歩詰め寄りいつものように、ドイツのあいている右腕にすがりついた。
「だって俺たちって、もうずっと友達じゃなかったの……?」
 イタリアはそう訊きながら、勇気を出してドイツの顔を見上げた。苦虫を噛み潰したような顔のドイツは、口を閉じたまま前方を見つめている。無言で腕を払われると、それがどうしようもなくイタリアには応えた。もう一度近寄って行く気にはなれずに、とぼとぼと後をついていくと、トイレの入り口まで来る。ちょうど通路の奥からオーストリアが歩いてきたところだった。
「イタリア、さっき呼びに行こうかと話していたんですよ。ちょうどよかった」
 オーストリアはそう言いながらドイツから鞄とコートを受け取る。
「俺は考えなければならないことが出来た、先に行く……。イタリアを頼む」
「わかりました」
 ドイツは無表情でそう言うと一人玄関に向かって消えた。オーストリアは首をかしげ、隣でめずらしくじっとしているイタリアを見やった。
「何をやったんですか? イタリア」
「俺とドイツって友達ですか」
「それ以外どう見えます?」
「ほんとですか……」
「どうしたんです。ほら、こんなところで泣くのはおよしなさい」
 オーストリアから受け取ったハンカチで、イタリアは顔を拭った。そして鼻をかんだ。
「ドイツが友達じゃないって……」
「はあ、ならばなんなんでしょうね」
 ドイツが去ったのを見たのか、入れ替わりにフランスが軽い足取りで二人の前に現れた。スーツのポケットに手を引っかけ、涙目のイタリアに向かって優しく微笑む。
「お兄さんが、い・い・こ・と教えてあげる」

                    2010.10.21