確かめあう夜

 記帳をすませ、エレベーターへ向かおうと振り返ったフランスは、見慣れた二人がエントランスに入ってきたのを見て目を丸くした。
「あーフランス兄ちゃん!!」
 大きな声をだして駆け寄って来たのはイタリアで、その後ろには顰め面のドイツがいつもの歩調でついてくる。二人ともスーツ姿のままで、荷物はドイツがまとめて持っていた。
 マドリードで会議があった夜だった。都心から離れたこのホテルで出会うとは思わない。
「そっか、ここ兄ちゃんに教えてもらったんだね。俺前も来たよー。料理美味かった」
「あ、そういえばおまえに話したっけ」
「だからドイツ連れて来たんだ」
 イタリアは隣にいるドイツを見上げた。ドイツはイタリアと目を合わせ、そのあとこちらへ視線を寄越す。
「というわけだ。こんな遠くまで連れてこられると思わなかったが」
「でもさー。すごくいいよね」
「まあな」
 ドイツが記帳を済ませている間、フランスはイタリアと話し込み、結局一緒にエレベーターを使った。二人は同じ部屋の前で立ち止まる。フランスは気づいて、大げさに言った。
「もーおまえらツインなの? ほんと仲いいんだからぁ」
 眉間にしわをつくるドイツの横で、イタリアは屈託無い笑顔だった。
「だって最近あんまり会ってなかったんだよー。兄ちゃん、一緒にレストランいこうよー」
「はいはい。むすっとしてるドイツくんはそれでいいのー?」
「いいよね?」
「ああ、かまわんが」
 時間を約束した後、ドイツは、イタリアの落ち着かない手を掴んで、部屋に入っていった。その自然な様子を眺め、フランスは微笑んで歩き出した。二人の関係について、いろいろ思うところもあったが、似合っているのは確かだし、好きあっているのも事実だ。口出しするようなものじゃないとわかっているが、ついからかいたくなってしまう。

******

 レストランで夕食を済ませた後、会話の弾んだ三人は、そのまま部屋でルームサービスを頼み、もうしばらく飲み交わすことになった。会議を終えたあとの開放感も手伝ってかペースは上がる。
 いい具合に酔いの回ったドイツは、注文したチーズを、ほとんど一人で食べていた。聞くと好物だったようで、ここにジャガイモがあれば最高だ、と何度か呟いていた。スプーンで食べる、とても柔らかいチーズだったので、食べ終えたドイツの口端には、チーズが張り付いていた。フランスは滅多に見れない光景を、にやにやと眺めていたが、気づいたイタリアが立上がる。
 ついている、との指摘もなしに、身を屈めていきなり唇に吸い付いた。フランスからはイタリアの後頭部しか見えないが、ちゅっちゅと音がして、次に見たドイツの口元からは、チーズが消えていた。
 イタリアは何事もなかったかのようにまたベッドの端へ座り直したが、ドイツは、こちらのの訝しげな視線に気づいたのか、しばらくして言い訳した。
「こっ……これは、キスではないからな」
「そういう問題かよ!」
 イタリアを叱りもしないところをみると、もう何度か同じ事があったのだろう。見られた事に気まずさを感じているらしい。
「まぁいいんじゃないの。ラブラブしてれば……」
「ラブラブではない……! 断じて!」
「じゃあなんなんだよ」
「これは……俺とイタリアが、良い友人であるから、だ……! そうだなイタリア!」
 そのあと確認するようにイタリアを見る。イタリアはこくこくと頷いて、他人事のようにフルーツを食べていた。


 しつこいフランスを論破しようと、熱弁を振るっていたドイツは、いつのまにやらぐったりとして、リクライニングチェアにもたれて眠ってしまった。
 会話が途切れると、残った二人はドイツの顔を眺めた。
「こいつが寝てるとこ見るの、初めてかもしんないわ」
「ヴェーそう? かわいいよねー」
 イタリアはベッドの端に腰掛けたまま、にこにこしてチェアを覗き込んでいる。フランスには、ドイツの寝姿などなんの美醜も感じられなかった。むさ苦しいと思うだけだ。
「まつげ長いよー。あと、こういうときって、抱きついても全然怒られないよ」
「ふーん、俺でも?」
「それはわかんないけど」
「試してみようぜ」
 フランスは、グラスをワゴンの上に置くと、椅子から立上がった。ドイツの前まで歩くと、イタリアも乗り気のようで横でクスクスと笑っている。
 えいやとドイツの首に抱きつき、膝をチェアに乗せ体重をかけると、ドイツは眉をしかめ身じろぎしたが、全く起きなかった。隣で声を殺して笑っているイタリアが、ジェスチャーでキスしろと示した。フランスも酔いがまわっているせいか、大らかな気持ちになって、許容した。思い切り大げさなキスを右頬にしてやると、いよいよフランスも事態が可笑しく思えてきて、つられて笑った。これで明日は相当遊べるに違いない。
 イタリアと一緒にドイツをからかうという図式は、なかなかに楽しい。もういいか、と立上がろうとした瞬間、フランスは強い力で腕を引かれた。抱きしめられて驚く暇もなく、ドイツは言った。
「愛してる……イタリア」
 思わず固まり、チラと右のイタリアを見る。同じように呆然としていたが、その頬は赤い。フランスはゆっくりとした動きでドイツの腕を片方ずつ外し、離れた。
 気まずさに後ろ頭を少し掻くと、明るい声を出す。
「だってよ。もう良い時間だな、おにーさんそろそろ退散するわぁ」
「あ、うん……! たぶん俺っ、香水、フランス兄ちゃんと似たかんじのに最近変えたからかも……!」
 イタリアは真っ赤になって手をバタバタさせ、変な言い訳をしたが、イタリアを愛してると言った事とはなんの関係もない。フランスが部屋を出ると、何故かイタリアもついて来た。四つ先にあるフランスの部屋前までたどり着く。イタリアは静かで、申し訳なさそうな顔でしゅんとしている。
「なんて顔してんの」
 もしかすると、イタリアは今日初めて、ドイツから直接的な言葉を聴いたのかもしれない。それをあんな形で聴いてしまうことになるとは……。変なところに居合わせてしまったと、フランスはため息をついた。
「ちゃんと一緒に寝てやれよ?」
 イタリアは目を合わせたものの、あいまいに笑っただけで頷かない。その落ち込んだ肩をポンポンと叩いてから、フランスは部屋に入った。

*******

 イタリアが戻ると、ドイツは同じ体勢のまま寝入っていた。
「ドイツー……」
 ふらふらと寄っていき、先ほどのフランスと同じように抱きついてみたが、もう反応はなかった。キスもしてみたが、本格的に寝入ってしまったようだ。
(ちぇー……)
 しばらくドイツの膝上で、胸にもたれ掛かりうとうとしていたが、やはり服を着たままでは落ち着かない。脱いでからもう一度寄りかかってみたが、疲れているし、どうしてもベッドで横になりたいと思った。自分の力ではドイツをベッドに運べないし、やはり起こすしかない。
 ドイツと向きあうと、薄い唇に目がいく。唇を唇で塞ぎ続けていると、ドイツは息苦しくなったのか目を開けた。そしてあまりにも近いイタリアとの距離に驚いて、肩を掴み体を遠ざける。
 イタリアが裸であることに驚いて、ますます眉間にしわを寄せた。
「何やってるんだ……」
「ベッドで寝ない?」
「裸で人の上に乗るな。ああ、フランスは部屋に戻ったのか…?」
 フランスの名を聞いて、イタリアは先程のことを思い出し、赤くなって俯いた。
 「好き」と聞き出すだけでも10分かかってしまうくらい照れ屋なのに、あんなふうに言われるとは思わなかった。いまだに半信半疑である。
「どうした?」
「俺も愛してる」
 ドイツは面食らってしばらくイタリアを見つめていたが、そのうち両脇を掴んで、軽々とチェアから立たせた。そして自分も立上がる。妙な咳払いをして何か言おうとしたが、飲み込んでしまった。
「何を吹き込まれたんだ、バカもの……」
「俺、ずっーと前からそう思ってたよ」
 ドイツはイタリアを一瞥したあと、短いため息をつき、首から中途半端にぶら下がっていたタイを抜く。ボタンを外しシャツを脱いだ。インナーだけになってしまうと、ベルトを外し、スラックスを降ろす。逞しい太腿が目に飛び込んできた。ベッドの上に投げ出されていたイタリアの衣服も集めて、しわになる物はハンガーに掛け優しくブラッシングしていた。いつもと何ら変わりないドイツの寝支度だったが、イタリアはそわそわしてたまらない。
 こんなときでも習慣は染み付いているのか、ドイツは洗面所に歯を磨きに行き、もちろんイタリアも連れて行かれた。その後早めに背に抱きついていたおかげか、自然と同じベッドに入る事ができた。
 さっきのドイツの台詞を、なかったことにするのはあまりにも惜しい。それから随分甘えてみたが、結局聞き出せないまま、イタリアは眠りに落ちた。ただその間際に、背を向けていたドイツが体を抱き寄せてくれた。それだけで体の隅々まで満たされる気がした。




2010.06.28