その後

 相槌を打たなくなったと思ったら、イタリアは胸元で寝息を立てていた。その体は徐々にずり下がってきていて、口元が湯面に浸かろうとしていたので、慌てて引き上げる。自分もうとうとしていたので人のことはいえないが、しかし、意識のあるうちに移動させたほうが苦労がない。
「イタリア…、もう出よう」
「ふう……んん」
 立ち上がろうとしたドイツを抑えつけるように、イタリアが頭を擦りつけてきた。
 ドイツはたまらず口元が緩む。咄嗟に手をやって隠したが、あたりまえだが、二人きりだ。イタリアはうつむいている。
「おい」
 イタリアの両脇に手を差し込んで、一緒にバスタブから出た。頭や体も洗おうかと思っていたがあきらめることにする。
 イタリアは、立てといえば自分で立つが、ふらふらとして危なっかしい。よく体の水気を拭いて、浴室から追いやった。ドイツはバスローブだけ羽織って、すぐにあとを追う。イタリアは案の定ベッドの上に寝転んでいるだけだったので、中に押し込んだ。こうなることを予想して、湯に浸かる前にイタリアに歯を磨かせたことは、的確な判断だったとドイツは頷く。
自分が水滴を垂らした床を拭きに戻り、改めて体を拭いて、下着を身につけた。バスタブの栓を抜き、辺りに飛び散った水滴を軽く拭く。ホテルといえども、そのままにしておくのが耐えられなかった。
 自らも歯を磨き、ようやく落ち着いてベッドルームへ戻った。
イタリアの枕元に立って顔を覗き込むと、すでに安らかな寝息をたてている。もう少し話したかったので、残念だった。
 眺めているのもなんなので、奥のエキストラベッドに腰掛けた。
 静かになると、昼間、イタリアに強引に口淫してしまったことが思い出されてため息をつく。あれさえなければもう少しスムーズに仲直りができただろう。公共の場で…どうしてあんな無神経なことができたのか。口には出さないが、イタリアはきっと傷付いているはずだ。体を開放したあとの、イタリアの拗ねた顔。思い返せば、出会い頭にイタリアは何か伝えようとしていた。それを思い切り無視してしまった。
 あのときは、勝ち誇ったような気分でいたが、今考えると調子に乗った自分を張り倒してやりたかった。思わず自分の顔を叩いた。すると、その音でイタリアが目を覚ましたのか、もぞもぞと動き出し、ふとんから顔をだす。
「ドイツー……。なんでそっちにいるのー?」
 なんと答えたらいいのか困った。
「せっかく、ベッドを用意してもらったんだからな…使わなければ」
「一緒に寝ようよー」
「いや、まあ…」
「こっちおいでよ」
 ドイツは険しい顔でイタリアを一瞥すると、自分のベッドへ潜った。イタリアはそれを阻止すべく、慌ててそばにやってきた。ベッドに入り込み、腹に手を回し抱きついてくる。
「……寝ちゃってごめんね、ドイツの話、おもしろくないとかじゃなくて……、あったかいから、眠くなっちゃって」
「ああ、別に怒っているわけじゃないぞ」
 イタリアはより一層体を密着させてくる。
「ほんと…? じゃあなんで別々に寝るの……?」
「それは」
 ドイツは言葉に詰まった。
「昼間…、俺がおまえに、どれほど勝手なことをしたか。嫌がっているのも、ちゃんとわかっていた。それなのに強引に……」
「気にしてるの? いいよ、大丈夫だよ、ドイツ」
 おもむろにイタリアが頭を撫でてきたので、ドイツは赤面してその手を掴む。
「大丈夫だとか、そういう問題ではないんだ。俺がどうしてあんなことをしたか、わかるか……?」
「ううん、俺もね。考えたんだけど……。」
「会議中に、お前がずっとフランスと私語をしていたからだ。たったそれだけの理由しか無い」
「そっか、話してたかも……、ごめん」
「私語を怒っているわけではないんだ。いや、少しは怒っていたが、そうではなくて…。お前が、フランスと楽しそうに話しているのが気に入らなかったんだ」
 イタリアは目を丸くする。
「とっ……とにかく俺が反省しなければならないことだ。今日くらいは別々に寝よう」
 ドイツは言い終わらないうちに、イタリアの体をベッドから降ろさせた。
「やだよー、ドイツ……。一緒に寝よー?」
「だから」
 もう一度イタリアの顔を見ると、すでに涙が溢れそうになっていて、慌ててベッドの上へ引き戻し、抱きしめ直した。
「どうしてそうすぐ泣くんだ…」
「さっき大泣きしたからだよ……くせになっちゃって…」
「では俺のせいだな」
 ドイツはため息を付く。クッションを掴んで引き寄せ枕にし、イタリアをそこへ寝転がらせると、自らも横になった。イタリアの左手を、胸のあたりでしっかりと握る。
「朝までこうしている……。これでいいか?」
「うん…!! ありがとー…! 嬉しいであります……」
 イタリアがぎゅっと手を握り返してくる。
「ドイツの手、大好きだよ…、大きくてさ、あったかくて……気持ちいい」
笑顔でドイツの手を口元に引き寄せ、キスをした。腕の内側に、イタリアの楚々とした乳首がぴったりと触れていて、気が気でなかった。
 もちろんその夜はなかなか寝付けなかったが、大きな悩み事が消え去ったためか、穏やかな気持ちだった。
 イタリアの微かな吐息に耳を傾け、心臓の音を感じ目を閉じる。またこんなふうに眠れることを、昨日まで想像していなかった。罰のつもりで手は出さないと決めていたが、友情の範疇だろうと思い、頬に二度キスをした。心からのキスだった。


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2011.12.02