パリの12月 続き

 日に日にそっけなくなるドイツに不安を感じ、確かめようと追いかけて、恋人がいるのだといわれたあの夜。
 なかなか寝付けなかった。
 身分が明かせないとだという交際相手のことを色々と想像して、イタリアはそれから数日、枕に涙のしみを作った。きっと高貴な人なのだと思った。ドイツの立場では、知り合う機会がいくらでもある。込み入った事情もあるのだから、イタリアに言わなかったのは仕方のない事かもしれない。
 イタリアが一番不満に思っていたのは、ドイツに嫌われてしまったのではないかと不安を感じていた数週間のことだ。
 いつ行っても、仕事が、予定があるといって帰され、そのうち相槌も少なくなり、笑顔も見せず、不自然に眼を逸らすようになった。
 その間も、悩みがあるのかと尋ねたり、また、自分が何かしてしまったのかと、先に謝ったりした。しかし、なにもない、と言われてしまえばそれまでで、イタリアは八方ふさがりだった。
 ドイツは自分といても楽しめなくなったのだと感じ、どうしてよいのかわからなかった。こんな日が来るとは、想像もしなかった。
 さすがのイタリアも落ち込み、距離をとろうかと考え始めたところで、恋人がいるのだという報告だった。
 ショックで、自分がそのために苦しんでいたのかと思うと馬鹿らしくて、なんとか涙は堪えて家に帰った。
 今は彼女に夢中でも、何年かしたら、自分とドイツはもとのような関係にまた戻れる。
 そう考えては自分を慰めたが、夜眠りにつく頃になると、それは途方もなく先のことで、永遠に巡ってこないような気になった。
 会わなくても平気なドイツと、こんなにも悩んでいる自分。
 それからは、呼ばれればどこの遊びにも飛んで行ったし、暇を持て余す日など、1日たりともない。しかし帰宅すると、今日もドイツに会えなかった、と思ってしまう自分は、いつまで経ってもいなくならなかった。
 夜は近くに住んでいるロマーノのところで過ごす事もあり気がまぎれたが、最終的には、訝しげな顔のロマーノに「大丈夫か?」と心配されてしまい行きづらくなった。
 バールで同じ背丈の金髪を見つければ、後ろ姿を追ってしまう。1国を間に挟んで、街中で偶然会う事などあるわけないのに。
 ドイツの背中に、以前から性的な魅力を感じているのは、自分でもうすうす気づいていた。友達だったが、ドイツとなら何か間違ってもいいと思っていたし、あわよくばそうならないかと期待していた。

「ん……」
 ゆっくり顔を離していくと、まずドイツの鼻先が見える。そして唇、白にも見える睫毛で縁取られた瞳が自分を見つめていて、ずっと街で探していた具合の金髪を、腕の中に抱きしめている。
 ドイツはラベンダー色のシーツに片膝を立てて座っている。イタリアの腰には、腕がそっと添えられていた。
「今日、会えて良かった」
 イタリアはドイツの首筋に頭を寄せ、もたれ掛かり深呼吸した。
「オペラの連絡もらうまで、俺……、もうプライベートではドイツに会えないかと思ってた」
「何言ってる、大げさだな」
 ドイツの声は、少し笑っていた。
 照れているのかもしれないが、他人事のような言い方に胸が痛む。キスも出来るし今晩一緒に眠れるのだから、細かい事はどうでもいいとイタリアは思っていたが、またこんな事をされたら心臓がもたない。
「ドイツ」
 上半身を離し、見つめた。
「俺はぜんぜん大げさじゃないよ……。すごく寂しくて……どうにかなりそうだった。事情ってどうしても言えないことなの?国のこと?」
「いや……その」
「今は俺に会っていいの? もうこんなことないよね……?」
 イタリアが静かにそう尋ねると、ドイツはイタリアの瞳をしばらく見つめて、言った。
「わかった、話そう」

****

「それでその……、フランスの知り合いに良いハーブティーを貰ってな。それが効いたようなんだ。だから今は平気で……」
 ドイツがさんざん悩んでフランスのところまで行った話を聞いて、イタリアは心が晴れるどころか、心配になってしまった。今は、イタリアがドイツの太腿の内側に押し付けるように膝をのせていたので、それをゆっくり離していく。
「そうなんだ。お……俺、全然気づけなくてごめんね……」
「隠していたのだから、あたりまえだ。その為にお前に会わないようにしたんだから」
「そっかー……あの会議の朝からなんだ……」
 イタリアはそう言いながら、完全にドイツの膝上から降りた。
「でも、原因がわからないなんて困るね」
「本当に」
「そのお茶で直ったのかな?」
「わからん。だが、効いたとわかったから、フランスに紹介してもらって、直接頼みに行こうと……、イ、イタリア!!」
 ドイツの下着の中に手を突っ込んで触ると、性器は確かに萎えたままだった。
 手首をきつく掴まれて身を起こすと、ドイツは狼狽えている。
「なんのつもりなんだ!」
「ほんとに効いてるのかなって」
 そんな風に問答しているうち、ドイツの股間はむくむくと盛り上がってきて、もう言い訳のしようがない状態になった。ドイツはイタリアの手を離し、ため息をつく。
 イタリアは行き場の失った手を膝に戻し、拳を握りしめた。
「ねぇ、俺とえっちしたい?」
「ち……違う……!!! だから……!誤解されると困るから言えなかったんだ。今まで一度だって考えた事がないし、想像するだに……、ありえないことだし……。悪い、こういう話をする事自体が、おまえにたいしての侮辱だな。もうやめよう。明日は全部俺が奢るから」
「侮辱なんて、どうして?」
「友人が、自分と会う度……そんな状態に陥ってたとは、考えたくないだろう」
「それって侮辱なの?」
「おまえはそう感じるだろう」
「好きだから……勃っちゃうんじゃないの?」
「好きは好きだが……それとこれとは」
「見てよ」
 イタリアは、股を少し開いて、足先にかかっていた毛布もはぐり、ドイツに股間がよく見えるようにした。ドイツよりも一回り小さい性器が反り返っている。行為への淡い期待によるものだった。
 ドイツは会話の応酬に精一杯だっのか、言われてようやく気づき、眼を見開いた。
「会えなかった時……、ドイツで抜いてた……。ごめん、なんかね……すごく……その間だけは俺っ」
 緊張して、変なところで息継ぎをしてしまう。
「安心したんだ」
「イタリア……」
 見られている事は恥ずかしかったが、イタリアは負けじとドイツを見つめていた。
「それも……、ドイツへの侮辱なのかな」
 ドイツは咳払いをして、真っ赤になって、言葉にならない呟きをいくつか発した。
「俺も、……最近はもう、おまえの顔が見たくて仕方なかった」
 思い切り荒っぽくドイツが抱きしめてきた。
 もう体の何がどこに付こうがどうでもよいようで、遠慮がない。
 ドイツからのキスは、熱く、そしてひたすらに優しくて、長かった。




2011.07.27