俺様んちの夜に


「おーそっかわかった。おやすみ、よく寝ろよ。あと遅くなってもいいからなんかうまいもん買ってこいよ。はい、イタリアちゃん」
 イタリアは、ソファの背もたれの上にのしかかり、プロイセンから子機を受け取る。本当ならば、すでにこの時間には帰宅しているはずだったドイツの声が聞こえる。
「悪いな。結局、明朝の便で帰ることになった」
 週末、イタリアはドイツの予定に合わせて家に遊びにきていた。ドイツが仕事帰りに乗るはずだった飛行機は、悪天候のため飛ばなかったらしい。こちらでも夕方から雲行きが怪しくなり、陽が落ちると強い雨が降り出した。
「んーん、じゃあね気をつけて〜 おいしいもの買ってきて」
 ありがとう、と言いプロイセンに子機を返す。家には二人だけだ。
「寝るかぁ」
「そうだね」
 もうすっかり寝る準備はできていた。リビングの電気を消し、廊下に出る。
「あ、俺トイレ」
 呟いたプロイセンは、そこでイタリアと就寝の挨拶を交わし、別れた。洗面所に入ると、少しだけ開いていた窓から、雨風が吹き込んでいたのできっちりと閉める。
 用を足し自分の部屋に戻ると、ドアの前に神妙な顔のイタリアが立っている。
「イタリアちゃん、何? 俺と寝る?」
「うん」
 冗談まじりで聞いたはずなのに、イタリアからは真面目な答えが返ってきた。プロイセンは驚く。
「あー……、俺の部屋、ヴェストの部屋と違って散らかってるぜ」
「うん、大丈夫。たぶん兄ちゃんの部屋の方が汚いよ」
「そー? あ、あとベッドに小鳥の抜けた羽とかちょっと落ちてるし」
 プロイセンは、イタリアと自分の弟が同じベッドで寝ることを、仲睦まじいと思っていたし、少し羨ましいとも思っていた。
 けれど、実際イタリアがこうして自分のもとへやってくるなんて想像すらしたことがなく、戸惑っていた。
 イタリアは思い詰めているようでにこりともしない。
「イタリアちゃん、どっか具合悪いのか? 薬あるぜ、探せば…」
 首を振られてしまい、廊下で話しているのもなんなので、プロイセンはとりあえず部屋のドアを開けた。窓から見える漆黒の夜空を、白い閃光が覆う。
「うわー、こりゃ荒れてん……うおわああああ!」
「うぎゃああああああ」
 プロイセンの背中にイタリアが思い切りしがみついてきた。空が唸り、バリバリと割れるような轟音が伝わってくると、しがみつく力はより強くなる。
「い、イタリアちゃん……」
 ようやく腑に落ち、プロイセンはどこかほっとしていた。
「雷が怖いのか」
「うう、ドイツには内緒にしてね……、平気になったって言っちゃった」
「いーけどよ」
 イタリアはいつ鳴りだすかわからない雷に怯えている。
「下のソファで寝れば? そのほうが音聞こえないぜ」
「プロイセンは?」
 そう問われると、俺はここで、というわけにはいかなかった。
 互いに部屋から毛布を持ってきて、階段を下り、さっきまで居たリビングのソファに落ち着く。しかし、そこにはどう見ても一人しか横になれない。イタリアは同じ高さの椅子をいくつか寄せて寝床を作ろうとした。それを見てプロイセンが言う。
「イタリアちゃん、ソファで寝て良いぜ」
「ううん、大丈夫。俺こういうとこで寝るの、シエスタで慣れてるから」
 比較的クッションがしっかりしたものを集めているが、寝心地は良くないだろう。
「つってもよー、イタリアちゃんお客さんだろうが」
 困り果てたプロイセンは、家中から程よい大きさのクッションやらマットレスやらをかき集めてきた。いったんそれをソファの上に投げると、今度はソファの前のローテーブルの足を持つ。
「そっち持って」
 協力して壁まで移動させ、そのかわりに、イタリアが用意していた椅子達を、ソファにぴったりとくっつける。椅子がずれないように足同士をひもで固く結んだ。その上から先ほど集めてきたクッションなどを上手く敷き詰めて、だいたい同じ高さにする。
「これで二人寝れるじゃん」
「わあ、ありがとー!! プロイセンすごいね」
「これでも俺、昔は相当サバイバルしてたからよ」
「なんかすげー! かっこいい!」
 二人は興奮して目が冴えてしまい、それからしばらく話し込んで、結局、はしゃぎ疲れて就寝したのは朝方だった。

***

 風でずれたらしい玄関前のプランターの位置を直しながら、ドイツは階段を上がった。
 この様子ではこちらも雨風がひどかったのだろう。
 玄関のチャイムを鳴らしたが、中から人は出てこない。二人のことだから夜更かしでもして、午前十一時の現在もまだベッドの中なのかもしれない。
 ドイツはしぶしぶ鞄から鍵を取り出し、ドアをあけ家の中に入った。イタリアが好みそうな、少し値の張るチョコレートを詫びのつもりで買ってきた。
(喉が乾いたな……)
 上着をコート掛けに引っかけ、そのままキッチンに向かった。冷蔵庫から炭酸水を取り出し飲んで一息つくと、左の視界にはいるリビングの様子がいつもと違う。家具が大幅に移動していた。足音を消して近づくと、ソファと椅子を合わせて簡易ベッドが作られており、そこに二人が寝ていた。
 ドイツはしばらく、どうしてわざわざ二人がここで寝ているのか考えていた。部屋が雨漏りしたのかもしれない、と点検に行ったが、どちらの部屋もとくに異常はなかった。そのついでに楽な服装に着替え、鞄や書類やらを定位置に片付ける。再びリビングに戻り、二人を起こしにかかった。
「おい、朝だぞ!」
 ピクリともしない二人を見下ろし腕組みをしたドイツは、今日が日曜であることを理由に、起こすのをあきらめた。キッチンにはビールとワインの空瓶がいくつも並んでいる。
 腕まくりをして手を洗い、壁のフックから群青色のエプロンを取る。
 昼食の準備が整う頃に、ようやく一人が起きだした。
「あ、ドイツおかえり、おはよー!」
 茹でたヴルストの食欲をそそる香りに、イタリアがふらふらと近づいてきた。食卓に並んだ料理に喜ぶ。
「いつ帰ってきたの?」
「さっきだ。というかもう昼だぞ。……こっちもずいぶん天気が悪かったみたいだな。プランターがいくつか倒れていた」
「うん、雨と風がねー、すっごくてさ」
「どうしてあんなところで寝たんだ? 雨漏りでもしたのかと思ったじゃないか」
 イタリアは固まる。
 本当ならドイツが帰ってくる前に起きて、リビングを元通りにする予定だったことを思い出した。ドイツはまだシンクを片付け、こちらに背を向けているので、動揺には気づかれていない。イタリアはいつもと同じ声色になるよう意識してしゃべる。
「とくに意味はないんだけど……楽しかったから」
「そんなものか」
 兄の奇行に嫌というほど覚えがあるドイツは、それで納得してしまった。自分はイタリアといると、行動を諌める立場にまわってしまうことのほうが多いから、こんなふうには遊んでやれない。わずかな羨望を感じながらそれでも、悪い気はしなかった。
 ドイツは少し笑って、首だけ振り返り、背後のイタリアを見やる。
「そうだ、チョコレートを買ってきたんだ。冷蔵庫に入ってるぞ」
「ほんと? わーい!」
 早速現物を確かめようとイタリアは冷蔵庫をあける。その頃プロイセンも起きだして、キッチンにやってきた。
「よーヴェスト、お疲れー! うわー超食いてぇ」
「冷めないうちに食べてくれ。二人ともシャワーか顔を洗って……、イタリアは服を着ろ」
 プロイセンはイタリアと同じように食卓を覗き込んだ。続けて、チョコレートの箱を持って瞳を輝かせているイタリアに笑顔で声をかける。
「イタリアちゃん、寝れたかー? 雷けっこーすぐ終わって良かったな」
 イタリアが慌てて目配せをし、人差し指を口元に立てるジェスチャーをした。
「あ……ああ! そうそう、昨日寝ようかと思ったら雨とかうるさかったからよー! まじムカついて、対抗してこっちも盛り上がってやろうと思ってよ! なあイタリアちゃん!」
「う……うん!」
 一つ前の発言をごまかすように、プロイセンは声を張り上げる。ドイツはフライパンを拭きながら、ぎこちない笑顔の二人を振り返った。結局、イタリアが雷に怯えて兄を頼ったのだと分かってしまったが、あえて口にはしなかった。

                    2010.10.24