Losing myself 2

「変だってぇ。友達なわけでしょお〜。と・も・だ・ち」
「俺は別にどうでもいいけど……。異常だよな」
「さっきからうるさいわぁ。別にいいやん。仲良うて羨ましいわ」
「黙れうるっせーな!!よくねーよ!」
 ロマーノはグラスの中を一気に飲み干し、音を立ててテーブルに置いた。責められすっかり萎縮してしまった弟ヴェネチアーノを睨んで、飽きずに悪態をつく。イタリア宅、膝丈程度のローテーブルをかこんで、欧州の5人は一時間ほど前から飲んでいた。
「俺はっ……なあ!! とにかく気にいらねーんだよ」
「何ゆうてんねん。朝飯ぐらい自分で作ればええよ」
「こいつが朝飯作んなかったのが問題じゃねーんだよ。なんでわざわざ朝っぱらからジャガイモ野郎に会いに行かなきゃなんねーんだよ」
「そやかて、ロマーノが会いに行ったわけじゃな…」
「だからうるせー!」
 もとから不機嫌だったロマーノは、予定外の来客に眉をしかめていたが、酒が入ると見事に悪酔いしてしまった。

 夕食も終えたところに、スペインがやって来た。その後ろにはフランスと、強引に連れてこられたのか、不本意そうな顔をしたイギリスがいた。3人は既にどこかで飲んで来たようで、周りがアルコールの匂いで満ちていた。
 フランスは手みやげにとカルヴァトスを持ってきており、イタリアは喜び、キッチンの棚からナッツの瓶を出し、チーズも切り分け皿に盛った。
 始めは、スペインが話すどこかの誰かの失敗談で、楽しく会話に参加していたが、そのうちロマーノの愚痴を聞く会になってしまった。イタリアは気まずく右から左へ聞流していたが、ついに今朝のことを持ち出された。理由を聞かれ、正直に言うしかなかった。
「ちょっと訊きたいことがあってさー……」
「電話すりゃいいだろーが!」
「会って話したかったんだもん……」
 ロマーノは顔を引きつらせ、今にも隣に座る弟の顔をひっぱたきそうだったので、そこへ周りが参戦した。
 いつのまにやら、ドイツとイタリアの関係性について話は飛躍し、イタリアはますます居心地が悪かった。アルコールのせいか、皆なかなか言いたい放題である。
「あとね、おまえらベタベタしすぎ」
「会議のときも見苦しいしな」
「おいどうだ。これが他国からの意見だぞ。ざまーみやがれ」
「どうだって言われてもさぁ……」
 イタリアは眉をハの字にして苦笑いをするしかなかった。
「ヴェネチアーノ。前も似たようなこと言ったけどな。おまえほんとにジャガイモヤローが好きでお前の世話やいてると思うなよ」
「え……?」
「まーねー、ドイツもいつまでも良く世話してるよ」
 フランスが意地悪そうな笑みを浮かべ、向いのイタリアを見て笑った。
「おばか。考えてもみなって。ドイツさぁ、おまえに抱きつかれて、いーーーっつも困った顔してるだろ」
「こ……困った顔? ドイツが?」
「こんな顔で、こんな顔!」
フランスは眉をしかめ、ドイツの顔真似をした。
誇張のひどさに周りは腹を抱えたが、イタリアだけは笑う事ができずにフランスを見つめていた。
「おまえにはもっとね、TPOっていうの? そういうのが必要なのよぉ。」
「そんなに困った顔……してるかな??」
「してる」
 横からイギリスが口を挟んできた。さっきからあまり喋っていなかったが、目が座り、ソファに大きく寄りかかってだるそうにしているので、充分酔っているようだ。
「そっか、おれあんまり顔上げないから見ないし……」
 イタリアはその事に気づき、独り言のようにつぶやく。 
 抱きついているときは、大抵ドイツの胸元か背中に顔を預けてしまうのが通例だった。
 その様子をみて、イギリスが冷めた様子で口を開く。
「わかんねーのか。あれだけ時間厳守でやろうとしてるドイツが、おまえを許してりゃ、本人がちゃんとしてたって、周りに示しつかねーんだよ。上にも下にも。ま、このあたりはそういう国が多いが、おまえはドイツの側に居るから余計目立つんだ。ルーズなとこが」
イタリアは黙ってイギリスを見返した。
「朝5時なんて非常識だ。普通追い返すだろ。別に俺はおまえらの関係なんてどうでもいいけどよ。そのくらい考えるべきだろ。友達以前に。それで好かれてるなんてよく思えるな」
「怒鳴られて喜んでるようじゃおしまいだぜ。ドイツはおまえに直してほしいところがあるから怒鳴ってんじゃねーの。何十年たったって変わってねーから、もうドイツだってあきらめてるのかもな」
 イタリアはついに堪えきれなくなって、質問した。
「あきらめるって…………何を?」
 しかし、イギリスは不意にイタリアに興味をなくした様子で、顔をそむけ、窓の外をみた。
「伝わらねーって空しいもんだぜ……」
 どこか遠い彼方をみるように目を細め、目尻にじんわりと涙をためる。
「必死に言ったって、ちっとも聞き入れようとしない。素知らぬ顔しやがって。俺がどれだけっ……!!」
 イギリスは熱を込めてそう語り、それから言葉に詰まって、右手で目元を覆い首をふった。
 部屋は、静まり返ってしまった。
 イタリアの目も赤くなっているのに気づいたフランスが、慌てて調子の良い声でいう。
「あーっ、イタリア、そう言えば新しい靴買ったって言ってなかったぁー?? お兄さんにみせて〜」
「それええなぁ! イタちゃんの靴ほんまかっこええからなぁー!! 俺も見たいわぁ」
 スペインも大声で続き、イタリアは靴を取りに立上がったので話題は逸れた。イギリスはその後しばらくして、一番に酔いつぶれ眠った。

 夜はふけ、やがてイタリアをのぞく一同はそこで寝入ってしまった。翌朝、すっかり酔いの冷めたイギリスが、左右からスペインとフランスにせっつかれながらイタリアの前に立つ。
「イタリア、昨日はなんか……。俺いろいろキツイこと言っちまったみたいで悪かったな。ぜんぜん覚えてねーんだけど……」
 イギリスの酒癖の悪さは伝え聞いていたので、イタリアは軽く笑顔を作った。
「ん、いいよー……。気にしてないよ」
「そうか……? 悪いな…。あ、そうだ詫びってわけじゃねーけどよ」
 イギリスはわずかに明るい表情になる。
「俺の家、新しくバラ園つくったんだ。来月見頃なんだけど、良かったら見に来いよ。二周目の週末だ。フランスとアメリカもくるけど……。まぁ気が向いたらでいいけどな。とにかく綺麗なのは保証するからよ。香りも良いし……。あと美味い紅茶とスコーン用意して待ってるからな!! 出来ればこいよ!」
 イギリスは精一杯の慰めを付け加えて、帰って行った。イタリアは玄関で3人を見送ったあと、リビングのテーブルを片付け始めた。ロマーノは自室に退散し二度寝している。
ワインの瓶が二本空になっていて、カルヴァトスはまだ三分の一ほど残っている。
美味しい酒だったが、林檎のふんわりとした香りと、嫌な気持ちが結びついてしまって、もう次を飲みたいとは思えなかった。

***

"この間は、本当に済まなかった。おまえの温かい肌に触れている時が、俺の至福の時なのだ"

ドイツは昨晩寝る直前に書いた1文を読み目を見張って、便せんを四つに折り、机脇のゴミ箱へ捨てた。
(あり得ん……。やめよう、きっとろくな事にならん……)
 あの気まずい朝以降、イタリアには数度会ったが、気にしていない様子だった。
 互いに挨拶意外のスキンシップは控えめになったものの、実害はそれだけで、普通に接する事ができる。もう蒸し返す事はないと思い、だがドイツは一言だけでも謝りたかった。
 しかし本人を目の前にすると、何を今更という気にもなって、なかなか勇気がでない。
 手紙に書いて渡そうかとも思ったが、想いが過剰になり、まるで恋文のようになってしまう。今ゴミ箱へ捨てた便せんが良い例だ。同じようなものを、もう3回も作成してしまった。
 そんな中イタリアが、6月半ばにロンドンへ薔薇を見に行き、現地までは一人なのだと訊いて、半ば強引について行く事にしてしまった。イタリアは少し戸惑っていたが、嬉しそうだった。
 壁の時計を見ると、もう家を出なければならない時刻だ。夕方までにはロンドンへ着き、ホテルにチェックインする。イタリアが遅れると困るので、これから家まで迎えに行き、そのまま飛行機に乗る予定だった。


2011.08.26