二人でいれば

「まったくおまえは、ほんっとうにバカなんじゃないのか」
「ふええ、たまたま忘れちゃっただけだよう」
「俺が替えを持っていたから良かったものの…」
「俺さー、足長いと思ってたんだけど、ドイツの履くとやっぱブカブカだね」
「反省しているのか」
「しているであります!」
 イタリアが威勢よく返事をしたので、ドイツは眉を顰めた。眼を逸らし、やれやれと溜息をついてから、隣の肩を殴った。
「い、いたぁ……」
「会議の日くらいちゃんとしてこい。上等なスーツはいくらでも持っているんだろう」
「今度から〜、会議の前の夜はドイツと一緒にいてもいい?」
「は?」
「そうすればドイツがチェックしてくれるから、いーなーって」
 とびきりの笑顔で見上げてくる。
「甘えるな」
 もう一回叩こうとすると、予想していたのかイタリアはするりと避けた。
「ドイツ、最近すぐ叩くよねー…」
「口で言っても聞かないからだろ」
「きくきくー」
「都合のいいところだけな」
「でへへー! あ、待ってー」
 苛々して歩みを早めると、イタリアもペースをあげてついてくる。追いつき、横から顔を覗きこむようにして言った。
「ドイツさー、どっかごはん食べに行こうよ」
「これからか?」
「ううん夕方、いいでしょ」
 そう言いながら腰回りに抱きついてきたので、力強く肘で押し返した。
「歩きにくい、離れろ」
「やだやだー。ヴェ、ドイツなんか最近冷たくない? なんか俺物足りないなぁ……」
「何が物足りないんだ」」
「決まってるじゃん、ハグだよー!」
「ドーイツくん」
 背後から聴こえた声に二人は振り返った。廊下の真ん中に、ロシアが笑みを作って立っていた。
「……ロシアか、何か用か?」
「うふ。忘れちゃったの? 僕んちからの輸入の話…。あとで詳しく話すって言ってたじゃない」
「ああ! そうだった」
 ドイツは2、3歩戻ってロシアの前に立つ。鞄からファイルを取り出した。話出そうとしたところで、イタリアに振り返る。
「少しかかるから先に行っていいぞ」
「ヴェ? 待ってるよー」
「イタリアくん、お昼寝の時間だから眠いんじゃないのかなぁ。帰ったら? 会議中もずーーっとうとうとしてたしね」
「あはは……、大丈夫ー。立ってるから寝ないよー」
「立ったまま寝ちゃうんじゃないの?」
 ロシアに笑顔を向けられ、イタリアも笑顔で返した。ややぎこちないのは仕方ないだろう。
「じゃ……っ、じゃあロビーにいようかなぁ……」
「イタリア、ぼんやりして座ってたら絶対に寝るだろう。帰れよ」
「あー、うん、わかったよ…。じゃあ先に戻ってるね」
「バイバーイ」

 ***

「仲がいいね」
「は?」
 大方の話しを終えたところで、急にロシアはそう切り出してきた。
「イタリアくんと」
「ああ…、仲がいいというには語弊があるが。もう腐れ縁のようなものだな」
「どうして腐らないのかなぁ」
「……さあな」
 何か遠まわしな嫌味でも始まるのかと思い、ドイツはそうそうに切り上げようと、ファイルを鞄にしまった。
「もういいだろう。あとは帰ったらメールする」
「ねえ、イタリアくんと一緒に寝てるっていう噂を聞いたことあるんだけど、あれってほんとうなの? うーんと、誰に聞いたんだったかなぁ。リトアニアかなぁ」
「は……」
「それとも根も葉もない噂? あ、根も葉もなくはないね。君たちってしょっちゅうさっきみたいにベタベタしてるし…」
「昔はな。色々と情勢も不安定だったし、そういうことも…なくはなかったが。しかし、それも数えるほどだ」
「ふうーーーーん。そうなんだ」
 ロシアは、にこにこしながらこちらを見ている。
「なんだ」
「ううん。おもしろいなぁと思って」
「……とにかく! メールで送る」
「そうだね。よろしく」
 ロシアの視線が意味有りげでなんだか苛立たしい。別れの挨拶を言おうとしたところで、先にロシアが口をひらいた。
「ねぇ、イタリアくんのことそんなに好きなの?」
 ドイツは驚きを隠して、ロシアを見つめ返した。
「……なんなんださっきから」
「なーんかさー。すっごーく贔屓してるなーって思うのは僕だけ?」
「贔屓? してるつもりはないが。しかし、あいつとは付き合いも長いし」
「今の君にはお荷物だよ」
「……何が言いたい」
「ううん。気に触ったらごめんね。でもイタリアくんて、わりと誰とでもうまくやっていくじゃない? ほら、あったかいとこに行くにつれて、そうなっていくよね。社交的っていうか、人懐こいっていうか。人と会う機会が多いからかなぁ。うらやましいなぁ」
 ドイツは静かにロシアを睨みつけていた。
「だからさ。別にドイツくんが面倒みなくたって、なんとかやっていくタイプだよ」
「……まぁな。適応能力は高いほうだろうな。あいつは」
「どういうことかわかる?」
「なんだ」
「ドイツくんがいなくても、平気ってことさ。きっと変わりに誰かを頼るから、そこへ任せればいいじゃない。そうすれば君は楽になる。もっと新しいことに手を出せるよ」
「何を考えているか知らんが……」
 ドイツは深い溜息を吐き出した。
「そんなに、イタリアを負担に感じているわけじゃない。それに、あんなやつだが、そう悪いところばかりでは……」
「仲がいいなぁ」
「俺はもう行く。じゃあな!」
「好きなんだ」
「なんなんだ、さっきから。おまえが勘ぐっているようなことは何もない」
「勘ぐってるって、何が?」
 やりとりに疲れて、怒鳴る直前の抑えた声で言った。
「俺と、イタリアが何か不純な動機で仲がいいと思っているんじゃないのか。……とにかく、ただの友人だ。付き合いも長いし、利益だけで付き合いかたを替えるような対象じゃない」
「そんなふうに思ってるの、君だけだよ」
「な……」
「みんな、ドイツくんとイタリアくんて、何かあるって思ってるよ。うーん。僕の意見としてはさ、……、ドイツくんには似合わないけど、なにか弱みでも握られてるとか? ないかなぁ…。だったら最高におもしろいんだけどね」

 ***

 ロビーへ向かうと、目ですばやくイタリアを探した。あの言い方だと待っているような気がしたのだ。勘だったが。
 予想通り、窓際の一番奥、日当たりの良い3人掛けのソファにイタリアが腰掛けていた。ここからでは、あいだに5つほどテーブルをはさんでいて、横顔がかろうじて見える程度だ。厳しく言ったせいか、ちゃんと体を起こしている。
 顔を合わせたくなくて、静かにロビーを素通りした。丁度給仕がイタリアに何かを運んできていて、その体のおかげで上手く死角になり、見つからなかったようだ。
 だが、エントランスを出てタクシーを拾おうとしたところで、立ち止まった。
 はっきり帰れと言ったし、イタリアも先に戻っていると言った。ロビーを探さなかったとしてもおかしくない。
「ああ……!!」
 一人なのに頭を抱え声に出して悪態をついてしまい、とっさに周囲を伺った。側を歩いている人はいなかったのでほっとする。
 ーーーそんなふうに思ってるの、君だけだよ
 ロシアの言葉を一瞬取り違えた。ロシアや、他の国からどう見られているかではなく、イタリアの視点の話かと思ったのだ。自信のないところを突かれて、ボロがでそうだった。
 確かに、たまにイタリアの勝手に我慢ができなくなり、関係を切りたいと思うことがある。それでも、また優しくしてしまうのは自分でも不思議だった。
 イタリアの気まぐれは知っている。交友関係がとても広いことも。自分がイタリアの数ある友人のうちの一人だということは、重々理解している。干渉し過ぎないようにとも思っている。
 それなのに、イタリアから向かってくるのだからどうしようもない。
 ただ、さっきのように周りからからかわれた時、気分が悪くなるほどの居心地の悪さを感じてしまう。だからといって、イタリアにわざとそっけなくするなんて大人気ない。
 普段目をそらしている問題が、どんと目の前に置かれたようで憂鬱だった。自己嫌悪という言い方が一番しっくり来る。出口のない悩みだからだ。誰のせいでもなく、自分で、自分のことがわからない。
 一緒に居ることが負担なわけではないのに、むしろ……楽しいとさえ思うのに、時折猛烈な怒りに支配され、心にもないことを言う自分がいる。イタリアを傷つけようとするのだ。
「くそ……」
 今日もきっとそうだろう。
 だから今、イタリアに会わずに一人帰ろうとしている。ホテルは同じだというのに。夜には気持ちが落ち着いているだろうか。そういえば、夕食を一緒にと言っていた……。
 しかしこんな状態で、楽しい会話になるはずがない。ドイツはタクシーに乗り込んだ。可哀想だが、苛立ちをぶつけてしまいそうで電話できなかった。かわりにメールで「都合があるので、悪いが夕食は付き合えない」と簡単に書いて送信した。イタリアからすぐに電話がかかってきたが何度も無視し続けた。留守番電話に切り替わったが、それを聴く気にはなれなかった。
 タクシーで運河に向かう。水面を眺めながら、とっぷり日が暮れるまでベンチに座って考え事にふけった。風が冷たくなってようやく立ち上がる。
 ホテルまで距離があったが、タクシーは大通り沿いをずっと走ってきており、道は分かったので歩いて戻ることにした。通りすがった閉店直前のカフェで焼き菓子を包んでもらった。こんなもので機嫌をとれるかわからないが、徐々に罪悪感が募り始めていた。それはどんどん膨らんでいって、ホテルにつく頃には頂点に達した。バカなことをした。だが、イタリアに八つ当たりをするよりはずっと良かったのだと、そう自分に言い聞かせる。
 もう9時をまわっていた。鍵を挿し静かにドアをあけ、中に入る。イタリアが拗ねた顔をしてベッドに寝転がっていた。
「お…そくなった」
「……ほんとだよー」
 部屋に踏み入ると、イタリアは体を起こして、こちらに向き直った。声の抑揚が、泣いている時と同じだった。文句を言われるのは覚悟していたが、まさか泣いているなんて。罪悪感から目が合わせ難く、スーツの上着を脱ぎながら、奥のベッドへ移動した。
 側の椅子に鞄を置く。ずっと、イタリアの視線を感じていた。  
「悪かったな。こっちに来ていた知り合いと、はち合わせたんだ」
「そっか……」
「何か食べたか?」
「うんまあまあ」
 イタリアのベッドへ腰掛ける。包を渡すとイタリアは不思議そうな顔をしたが、中の焼き菓子を見て、少し口角を上げた。
「グラッツェー……」
「いや」
「俺、実はロビーで待ってたんだけど、ドイツ帰ったのわかんなかったなぁ」
「そうか……、先に戻ってると言ったから、確認しなかった」
「だよね」
 イタリアは僅かに溜息のようなものを吐き出して、仰向けに寝転がる。
 空気が重い。イタリアとの気まずい状態はあまり経験がないので、緊張した。当たり障りない話題を探したが出て来ない。
 疲れていたし、間を持たせるためにシャワーでも浴びようかと思う。立ち上がり、自分のベッドへ戻って服を脱ぎ、下着一枚になってから浴室へ向かう。しかしベッドの足元を通りすぎようとしたとき、急にイタリアが起き上がった。
「ドイツ、俺の事好き……?」
 イタリアの方を向いて立ち止まる。
「何だいきなり」
「好き?」
 目を合わせたまま黙っていると、イタリアはまた、溜息をついた。眉尻が下がっている。ああ泣くぞ、と思い、しかし何が出来るわけでもない。金縛りにあったようにじっとして、イタリアを見つめていた。
「先に約束したのに」
「悪かったと思ってる」
「俺、てっきり、ロシアとかと行ったのかと思ってて……、ずるいなって思って…だって」
 イタリアは大きく息を吸った。
「だって、俺がドイツと行きたかったのに」
 その顔はみるみるうちに歪んでいった。瞳に涙が溢れるのを見ていると、数時間前の自分を叩きのめしてやりたくなる。
 最近は、イタリアがどうも、友情とは違うものを求めているような気がしてならなかった。自意識過剰といえばそれまでだが、しかし、もう長い付き合いだ。微細な変化も、すぐ感じるようになってしまった。
 雰囲気や、仕草、視線が、今でと違うような気がするのだ。
 ロシアが示唆していたようなことは、もちろんイタリアとのあいだにない。だが、同じベッドに入ることは、もうあたりまえになっている。それが、世間的にどんな意味を持つのか考えるとおそろしい。
「イタリア」
 声をかけると、目が合う。イタリアは何度か息を飲み、また口を開いた。何か重要なことを告白しようとしている。嫌な予感がした。聴いたら都合の悪いことが起きるような気がした。
「ねぇドイツ、俺、言わなかったけど」
「シャワーを浴びてくる」
「ヴェ、待って!」
 イタリアはベッドの端まで来てパンツを掴んだので、尻半分ほどずり下がってしまう。イタリアは謝ってすぐに手を離した。内心動揺していたが、悟られぬようゆっくり引き上げ、イタリアを振り返る。その口もとは緩んでいた。笑いをこらえているのがよくわかる。
「……浴びてくる」
 呆れつつ歩き出したが、しかし、イタリアが笑ったことにほっとしているのも確かだった。ようやく気が抜けた。きっとシャワーから出てきたら、いつものように話せるのではないか、そんなふうに思った。
「ね、ドイツ。シャワーなんて朝でいいじゃん」
 イタリアはベッドを降り追いついて、強引に腕を組んできた。
「今日、なんの日か知ってる?」
「なんの日か……? 5月22日だ」
 そう自分で口にして、大切な日だったと思い出した。イタリアの不安や苛立ちを察し、納得いったが、時間が戻せるわけはない。
「……悪かったな」
 いつものように、いいよ、とは返ってこなかった。肩に頭を寄せてうつむいているので、表情はわからない。開いているほうの手で、イタリアの頭を軽く撫でた。
「そうだな、詫びに何かひとつ……、なんでも言うことを聞こう」
 イタリアは急に顔を上げた。あまりに近距離だったので、少し顔をそむける。
「なんでもいいの?」
「ああ」
「ほんとに? なんっ……でもいいの?」
「二言はない」
「じゃあ……、えっと」
 イタリアは口を開きかけたが、途中ではたと止まった。それから頬を朱に染めて、また俯いてしまった。意外な反応に、またもや危機感のようなものを感じた。それと同時に、何故か自分の頬も熱くなった気がした。
「あ、ごめん、シャワー浴びてきていいよ〜! 俺、ちょっと考えるから」
 そう言って離れようとするイタリアの腕を掴む。
「今言えないのか?」
「じっくり考えたいから」
 イタリアの口から出る言葉とは思えない。なにかひどい悪巧みを考えているのではないかと、感づいた。イタリアのもう片方の腕も掴む。正面を向かせて、問いただした。
「言ってみろ」
「だって一個だけだから、ちゃんと考えたいなって」
 しっかりと腕を掴んだまま離さずにいた。
「まぁ……、内容によっては二個でもいいぞ」
「ヴェー、それどうやって決めるの?」
「俺が決める」
 少し間があり、イタリアはそれから、じっと目を見つめて言った。
「あのさ、ドイツのこと好きみたい……。友達じゃ…なくて。ドイツの気持ち、教えて……!」
 ゴクリと唾を飲む。
 イタリアと見つめ合ったまま、数分が経ったような気がした。徐々に指先の力を抜く。
「俺たちは、友人……だろ」
「うん、だから……、あのね」
 イタリアは一歩近寄り、いつものように抱きついてきた。
「友達としても好きだよ。でもね、俺……、もっとドイツが好きなの。もっと仲良くなりたい」
 息が止まりそうだった。
「イタリア……」
「最近ね、ドイツがそっけないとすぐ泣いちゃうんだ、おれ……。不安でさ、前よりずっと、気になるんだ、そういうの。さっきだって、もしかして避けて帰ったのかな、とか……考えちゃったりして」
「……その通りだ」
「ヴェ……?」
「ラウンジの、一番窓側におまえがいたのを見たが、先に出たんだ」
 目を見開いた後、イタリアはそっと体を離した。
「どうして…?」
「ロシアに、おまえとの仲をからかわれた。あそこに行って、一緒にいるところを見られるのが嫌だったんだ」
 言うべきかどうか迷ったが、溜め込んでいるからいこじれるのだろう。
「指摘されたことが、とても恥ずかしかった。そんなふうに周りに見えているのかと思うとな…。いつのまにか一緒に寝るのも、抵抗がなくなってしまったし、このままではいかんと思ったのだ」
 イタリアは眉尻を下げた。瞳が潤んでいる。
「ダメなのでありますか……?」
「だから……わかるだろう」
「俺、まえよりハグするの我慢してるよ。ドイツが、前にもそういうこと、言ったから……」
「ハグを少なくしたからといって、まわりからそう見られていれば、同じ事だろう」
「なんで仲良しって思われたらダメなの?」
「それは……」
「……俺って、はずかしい……?」
「違う、おまえがじゃない。俺が……、人に、そういう姿を見られるのが、恥ずかしいという意味で」
「どこが違うの? 一緒じゃんか……」
 ドイツは上手く説明ができなかった。口籠ると、イタリアがキスをしてきた。唐突で驚いたが、その顔を引き剥がした後、あまりにも寂しそうな顔をしていたので、自分が悪者のような気になる。
「イタリア、おまえは少し俺を買いかぶりすぎだ」
「ヴェ……」
「おまえが、俺を好きというのが、本当はよくわからない。確かに、助けてやることはあるが。その為におまえが泣いたり、思い悩んだするほど、立派な人間ではないぞ」
「そんなことないよ、俺、ドイツのことがすっごくすっごく大事だよ……」
 イタリアはもう一度探るように顔を近づけてくる。強引だったが、嫌ではないのが自分でも不思議だ。頭ではイタリアを遠ざけるのが良いとわかってはいたが、傷つけてしまったぶん、キスくらい好きにさせてやればいいと思う自分がいた。イタリアはやがてグッと顔を傾け、深く唇を合わせ、舌で咥内を探り、合間に漏れる吐息を奪うようにして、キスを続けた。あと少ししたら止めようとそう思うがなかなかタイミングが掴めない。
 ようやく顔が離れ、イタリアは俯いた。かすかに唇を震わせていた。また泣き出しそうだったので、今度はこちらから抱きしめた。
「どいつ……」
「もう泣くな」
 気づいたら、キスをしていた。一度目は短く、そして間隔が長くなっていった。緊張していたイタリアの体は、やがて力が抜けもたれかかってきて、そのままゆっくりベッドへ誘導した。
 イタリアの唇はやわらかく、自分からキスをしているのだと思うと信じられなかった。いつのまにかベッドに押し倒すような姿勢になっていて、それでも、やめることができなかった。そのうち、イタリアの手が背にまわり撫でられると、とても気持ちがよくて、もっと触れて欲しいと感じた。
「言われたことが図星だったから、聴き流せなかった……。のだろうと思う。俺は、たぶん……、おまえのことが」
 イタリアを見つめる。唇は濡れていた。ここまできて、もう撤回することなどできない。
「好き……で」
 ぽかんとした顔で、イタリアは言葉を発しなかった。
「好きだ」
 もう一度言うと、強く抱きしめてくる。
「ほんと? うれしい……。俺のこと好きなの?」
「ああ」
「嬉しいです」
 イタリアが首にすがってくるのが心地よかった。そのまま力を抜いて覆いかぶさると、しばらくそうしていた。なんだか、ずっと迷っていたパズルのピースがようやくはまったような気がしていた。 この気持ちを、認めれば良かったのか。
「ドイツ、もう一個お願い聞いて」
「……そうだな、いいぞ」
「今日、隣で寝てもいい?」
 性的なことを要求してくると予想していたので、その意外性に、胸を打たれていた。同時に、イタリアにとってそんなに大切なことだったのかと驚く。とにかく、イタリアの体から離れることが、今は考えられない。意思表示しないのは卑怯だと感じたので頷いた。
「良かったー!」
 イタリアは足も体に巻きつけてきて、言った。
「記念日のこと、そんなに気にしてないよ。なんか色んな事が重なったから、寂しくなっちゃっただけ……。今ドイツがいるからいいや」
「そうか」
 もう一度唇を重ねようとした時に、タイミング悪く、大きな腹の音が鳴った。結局、昼から何も食べていない。
「お腹すいたの?」
「あ、いや…、しっかりした食事ではなかったんだ。相手の都合があってな」
「そっか」
 イタリアは体をひねって腕を伸ばし、ベッドに放ってあった焼き菓子の包を掴んだ。中の小包も開けると、貝型のフィナンシェを手に取る。優しい笑みと共に口元に差し出された時、心底胸が高鳴った。あまりに照れくさくて、逃げ出したくなる。ゆっくりと口に含んで咀嚼すると、イタリアはその様子を笑って見ていた。笑顔が好ましいと知っていたはずなのに、今までの何十倍も新鮮で、爽やかで、温かみのある笑顔に感じた。

2012.5.24〜6.01


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