ハグしてキスして


「俺は言ったよな。待たされる方の身にもなれと。おまえの時間は無駄になっていないが、俺は待っている間……」
 ドイツは、叱られている最中もきょろきょろしているイタリアを見下ろし言葉を飲んだ。午後一時にいつもの広場、噴水前で待ち合わせたが、イタリアがやってきたのは約束した時刻の三十分後だった。イタリアの家からは一時間もかからない近場で、地理もよくわかっているはずだし、もう何度も来ている場所だった。それなのにどうして遅刻するのか、ドイツは不思議でならなかった。
 こうやって遅刻について叱るのは、もう気の遠くなるような回数で、ドイツは治る兆しのないイタリアの性質に困り果てていた。携帯電話が安価になり広く普及するようになってから、しつこく言ってイタリアに持たせたが、八割方、家に忘れてくるので意味が無い。今日もそうだった。家にいるときは自宅電話にかければイタリアが出るので、実質、携帯電話はイタリアの部屋で置物と化していた。
「よそ見をするな!」
「ヴェ、ごめん……」
 眉根を寄せ申し訳なさそうに、怯えた犬のような眼をする。柔らかい茶色の髪には、午後の強い陽射しによってまばゆい輪が描かれている。トレードマークの一本飛び出た髪の毛は、いつもより緩く丸まっていた。性感帯であることを知ってから不用意に触らなくなったが、毛のカーブと体調の関連性を調べる事が、ドイツの新たな課題だった。
 まだこの毛をぐいぐいと引っ張っていた頃の、イタリアの照れている様子を思い出すと、ドイツは唸って地面につっぷしたくなる。平静を装ってはいるが、この件についてはなかなか忘れ去ることができない……。
 頬はふっくらとしていて、鼻梁は美しいと思えるほど直線で形が良い。まつげは長く、日光が反射してきらきらと輝いていた。唇は厚すぎず、薄すぎず……ただ、抜群に柔らかそうである。柔らかいのだ。肌に押し付けられるその熱や、湿り気や、弾力を知っている。
 だがイタリアは出会い頭すぐ抱きついてくるし、ドイツはいつも受け身であったため、本当にこの唇が自分の頬に、時には首筋に押し付けられているのかと、半信半疑だった。
 家で食事をとった時、完全に気を抜いているイタリアの口隅についていたトマトソースを指でぬぐったことがある。身だしなみと同じで、イタリアの食べ方は綺麗なほうだ。口の端に何かつけているのも、そのとき初めて見たものだから、何も考えず手を伸ばしてしまった。イタリアはソースを拭った指先を追いかけて口に含んだ。
「待っている間中……、事故や、体調でも崩しているんじゃないかと……。そういうことを考える。だがおまえはあっけらかんとして笑顔でやってくる。俺がどういう気持ちかわかるか」
「ごめんね」
 イタリアは弱いものの顔をしてみせる。か弱くて、愛くるしい。そういうものが武器になっていると、わかっていてやるのだろうか? しょんぼりとしたポーズにだまされてはいけないと思いつつも、だまされても本望だとか、どこからか声がする。ドイツは思考を止め、大きく腕組みをし顰め面を作って、不機嫌を声にした。
「まったく。おまえと一緒に住めば……、俺がぜったい遅刻などさせんのだがな」
「それいいね! 俺、休みは家から一歩もでなーい」
「だから遅刻をさせないのだと……」
「二人でさー、家でのんびりしようよ〜 ドイツと住んだらすげー快適そう。夜も暖かいし、服出してくれるしね……。ごはん、俺が作るね。おいしいって言ってくれるし、味付け変なときもちゃんと言ってくれるからさぁ、俺嬉しいんだー」
「あのな」
「洗濯機はまわすし干すけど〜、たたむのはドイツがやってね。そのほうが綺麗だよ。あとさあ、わんちゃんどうする? あっプロイセンは」
「物の例えだ。おまえと住むなんて、まっぴらだからな」
「なんで?」
「使った物をもとの位置にもどさないし、服は脱ぎ散らかすし……、ああ、シャワー中勝手に入ってくる。それが一番気に入らん」
「それはぁ……だって」
「なんだ」
「だってドイツも楽しそうなんだもん」
 イタリアが何故かにやにやしながら、言い訳をした。
「バカ! 楽しいわけないだろう、迷惑している」
 人差し指で額を小突くと、イタリアはいっそう喜び、声を漏らして笑う。ドイツはもう突いてやるものかと呆れ顔で手を降ろした。
「ねえねえドイツ」
 イタリアが急に勢い良く抱きついてきた。ドイツは目を丸くして受け止める。
「ハグしてなかったね」
 イタリアの声はクリームのように滑らかで、しっとりと耳に馴染む。手を回し軽く抱き返すと、イタリアはもう一度ぎゅっと強くしがみついてから、離れた。そして笑顔で言う。
「ドイツ、一緒に寝るのは嫌じゃないんだ」
 その言葉に心臓が跳ね上がり、顔が一気に熱くなる。イタリアがベッドに入ってくることについては、あたりまえになりすぎていて、それが自然だと感じるようになっていたのだ。
「……言い忘れただけだ」
 もう一度顰め面を作り、低い声でそう付け加えたが、イタリアの上機嫌は一向に収まらなかった。



2011.01.03






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友達仕様でこれだけ独伊になる独伊はすごい
イタちゃんのこと気になってすごい見てしまうし、好意を持ちまくりでだめなところも可愛く見えてきてるけど、恋愛感情とは一切思ってないドイツの話でした〜。