Bis morgen

 イタリアの部屋で、見慣れないもの目にした。
 卵形の黒いプラスチックで、台座に収まっている。頭一つ分ほどの大きさだ。尋ねれば、イタリアはよくぞ訊いてくれたと喜んだ。
 それは、いわゆる家庭用プラネタリウムというもので、暗くした室内に星空を投影するものらしい。日本がプレゼントしてくれたのだと言った。
「はやくはやく」
 イタリアはきびきびとした動きでベッドに誘う。引っ張られベッドの壁際に寝かされた。イタリアは電気を消してからふとんに潜り込んできた。
「じゃあつけるからね!」
 イタリアの声と共に、天井いっぱいに星が映し出された。
 想像していたよりもずっと本格的な夜空で、ドイツは驚いていた。
 星の大きさも違えば光度も違う。部屋の天井は運良く真っ白で、梁もすべて隠され真っ平らだった。障害になる物といえば中央にある照明カバーだが、それもほとんど気にならない。
「すごいな」
「ねー綺麗だね……。最初にーちゃんとこうやって見たんだけど、なかなか眠れなかった」
 ドイツは、部屋の中で出会った星空に感動していた。イタリアが腕を組んでくる。頭を肩にくっつけて吐息を漏らした。
「日本てさー、結構ロマンチックだよね。俺、すきだなぁ……」
「これは、どうして貰ったんだ?」
「前、日本の家に泊まり行った時にこれよりもっとすごいやつがあってさ。見せてもらったんだー。それは古くて、同じのはもう作ってないって言って。でもあとでこれ見つけたみたいで、この間持って来てくれたー」
「そうか」
「なんかさ、野宿思い出すよね」
「本当だな……。だがベッドで寝れている。変な感じだな」
「うん……、俺幸せ」
「全くだ。本物とはまた違うがこれはとてもいいな。こうして寝る前に見るのが一般的なのか……? もしかすると電源はタイマーで消えるのか」
 ドイツは、床に置いてある機械に俄然興味がわいた。身を起こし物体を確かめようとすると、イタリアは体を押し止めるように乗り出してきた。押されるままベッドへ仰向けに倒れると、イタリアは左手を胸に乗せてくる。軽く撫で意味ありげに微笑んだ。
「ドイツー、そうじゃなくて」
「なんだ」
「今もドイツが隣にいてくれてあったかい」
 天井に映し出される光。それぞれは細く弱い光だが、大きな範囲を照らしているし、加えて光源はイタリアのすぐ向こうの床にあるので、互いの表情がわかる程度の明るさはあった。
 笑顔のイタリアと目を合わせ、また天井に視線を戻した。
「そうだな……、俺も」
 映し出された無数の星々を眺めるうちに、ドイツも懐古的な気持ちになった。
「俺も……」
「俺も?」
「お前が居て……良かったと思っている」
「ふへへ」
 なんとかそう口にすると、イタリアが頬にキスをしてくる。
「もっとわかりやすく言ってほしいであります」
「良かったは良かった、だ……」
「好きとか、そういう言い方がいいです……」
「……好きだ」
「嬉しい。俺も大好きだよ」
 イタリアは調子にのって、何度も頬に口付けた。ちゅっちゅっと音を立てるので、恥ずかしくなって手のひらで遮る。
「こら、もう寝るぞ。それで、タイマーで切れるのか?」
「あ、うん。三十分で」
「また明日な」
 こめかみにキスをし、頭をよしよし撫でてやると、満足したのかおとなしくなった。
「また明日!」
 イタリアは耳までふとんに潜った。ふとんに埋もれている様子はいつ見ても良いものだ。なぜ良いのかはわからないが、寝顔とセットだからかもしれないと最近は思うようになった。それか、柔らかいものに包まれているイタリアが、気持ち良さそうに見えるからかもしれない。
 イタリアはまだこちらを見ている。
 天井一面の星空は、普段と違う雰囲気を作り出していた。ドイツもいつになく、優しい気持ちになる。普段は照れ臭くて言えない事を言おうと、心を奮い立たせた。
「イタリア……」
「なに?」
 見つめられると、やっぱり止めておこうとも考える。台詞を頭の中で反芻して、やがてドイツは言った。
「今度、キャンプにでも行かないか。山で……星を見よう」
「えー、うん! でもまだ山は寒いよー。もうちょっとしたら」
「そうか」
「にいちゃんもいい?」
「そ、そうだな……」
「たくさんで行った方が楽しいよね。オーストリアさんはやだっていうかなぁ。でもインスピレーション湧くとか言えば」
「イタリア、二人で……とかは」
「二人で?」
 さも意外というように声を張る。
「それでもいいよー。じゃあお前の体ひとりじめだね。……俺の事あっためてくれる?」
「……まあな」
「やった、来月行こうよ」
 イタリアは笑って、もう一度頬にキスをした。それから、懐に入り込んで来て腰に手を回す。
「予行練習しよ」
「なんの練習だ」
「あっためる練習!」




2011.05.5