ある日溜まり

 冬の厳しさもようやく収まり、晴れれば、窓から降り注ぐ陽射しにリビングが暖まる。二人で昼食を済ませしばらくすると、いつも通りの時間にイタリアは眠くなり、横になる事にした。下着とシャツ一枚になり、赤茶色のソファに体を倒す。スエード調の生地が陽光によってほんのり温まっていた。それに顔を押し付けるようにしてうつ伏せになると、気持ちが良い。あとは、ドイツがどこかから毛布を持ってきて掛けてくれるのを待つだけだ。
「俺、シエスタ〜」
「ああ待て」
 いつもなら一言頷くだけのドイツは、何故か今日に限ってシンクを磨く手を止め、エプロンを外しながら、ソファの前までやってきた。
「実は、俺も眠いような気がするんだが」
「へーっ、そうなんだ。めずらしいねぇ」
 イタリアはもう眠たい頭で、ぼんやりと返答した。
「昨日よく眠れなかったの……?」
「まあ、そういうわけでもないが……」
 ドイツは、しばらくふてくされたような顔で立っていた。
 何か言いづらい事があるようだ。何かしてしまったっけ、とイタリアは考える。すぐに叱られないのなら、きっとドイツにも非があることの、注意なのかもしれない。今言うのだから、今日のことかもしれなかった。
 今日は正午少し前に、食材を持ってドイツの家にやってきた。プロイセンはいなかったので、二人で作って一緒に食べた。片付けはイタリアも少し手伝ったが、そのうちに飽きて話ばかりしていた。やはりなにも思い当たらない。寝転んだままじっとドイツの顔を見つめていると、次第に瞼が重くなってくる。
 綺麗にセットされていたはずの前髪が一本、こめかみにかかっていた。イタリアは、それを撫で付け直してやる様子を想像した。そんなとき、ドイツは一瞥したあと、表情を崩さずに礼を言うのだ。もう用のない夕方などは、乱す事にも寛容である。嫌そうな顔はしても、怒りはしない。
「ドイツ……」
 見つめ合っていると、まるで自分のことだけを、考えてくれているように思えた。
ずいぶん無言のままそうしていた。
「ね、じゃあシエスタする?」
「そうだな、……そうするのもやむおえん」
 イタリアは、近い方の手でドイツの左手を掴んだ。
「じゃあさ、ここで一緒に」
「ソファは狭すぎる」
「そっかなー? ……狭い方がいいよ、おまえとくっつけるもんね。それにもう俺眠くて」
 そう言って、頑なに動かないという態度で瞼を閉じた。右手はドイツに繋がっているので、体重がかかってくるのを待った。
しばらくしてドイツが嘆息したのが聞こえ、そのあと、急に引っ張られ体を起こされた。ドイツはあっという間にイタリアの体の下に滑り込む。
 隣でうたた寝をしていることは何度かあったが、こんな風に積極的に付き合ってくれる事は一度もなかった。イタリアは遠慮なくドイツに抱きついた。もちろん、引きはがされる分を考えて構えていたが抵抗が無い。そればかりか抱き寄せられてしまい、肩がすくむ。面積で言えば、確実にソファよりドイツにくっついている部分のほうが多かった。
「今日はなんだか優しいんだね」
「優しくなど……」
「こんなの初めてかも」
 照れ臭いのか、ドイツは腕を外そうとした。しかし、イタリアはぎゅっと掴んで離さない。お互い黙り込んでしまったので、妙な緊張感が走った。それを打ち破るように、イタリアは笑い声混じりに漏らした。
「俺はねぇ、おまえに優しくされると……ハグしてるときと、同じ気持ちだよ」
 肌にいくらドイツの熱を感じても、満ち足りた事はない。こういうときに、ドイツの中の何か野生的な部分、それが目覚めたのなら、自分の何もかもを受け渡す用意は出来ているのに、とイタリアは思う。
「もっともっとーって思っちゃう。なんかあったかくて、ドイツがね、もっと俺の事……」
ドイツがよりいっそう強い力で引き寄せた。鼓動がやけに速くて、これがドイツに伝わってしまっているのかと思うと、密着した胸を離したかった。だが心地良いのも確かで動く気になれない。もっと深いところで、自分の感情を知ってほしい。
「どうだ」
「う、うん……あのね、体じゃなくて」
 待遇の良さに、イタリアは次第に恥ずかしくなってきて、そうつぶやいた。ドイツはすぐに手を離す。目を合わせようとしないドイツの耳は赤かった。衝動的にそこへ口付ける。
 視線が戻り至近距離で見つめ合うと、背にドイツの手のひらが戻ってくる。イタリアはそれから口を閉じ、すぐ側で聴こえる呼吸に耳を澄ませた。



2010.03.20